パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

2000-01-01から1年間の記事一覧

TVドキュメンタリー回顧と展望・2000年

『NHKスペシャル』「甦る希望の白き橋〜ボスニア内戦から4年目の記録」:記憶なし。★(1/9) 『ETV特集』「アイヒマン裁判で何が裁かれたのか〜ドキュメンタリー映画“スペシャリスト”から」:これを見ると映画がすごく面白そうだが、実際はそうでもない。司…

NHK『HAIKU・バルカンの戦火をこえて』

俳句が短型詩として世界中に広まっているのは周知のことで、ここでもどんな形式で作られているかなんてことには触れていない。重要なのは旧ユーゴから分裂した、そして敵味方に分かれた者同士が戦後、俳句仲間として集う話。戦争中、戦地で戦ったクロアチア…

『わが心の旅』「中国・さらば幻の故郷よ」

1995/10初回放送 なかにし礼が生まれ育った満州を訪ねる。造り酒屋の主人として豊かな生活をしていた氏の父親はソ連によって強制労働に駆り出され、死んだと云う。遺体は墓ならぬ穴にまとめて捨てられ、どこかも今は分からない。但し、番組では父親への思い…

ETV『ドキュメント地球時間』「映画にささげた魂」

フランスAMIP, 2000年 タルコフスキの話で、番組序盤に86年の死相が出ている個人映像が紹介されていたので、発見されたフィルムの初公開特ダネ系のドキュかと思ったら、後はほとんど作品の解説だった。いかにもおフランスが作りそうな番組だが、何故今、しか…

BS1『アメリカの世紀』6「イラン革命の衝撃」

イメージ先行のイラン革命に実像が肉付いた、あくまでアメリカ人のバイアスを通してだが。「古い価値観にしがみつくイスラム教徒」などのコメントもご愛敬。革命は開発独裁のパーレビ国王を追い出すためにイスラム原理主義者と西欧民主主義者が手を組んだも…

BS1『アメリカの世紀』5「大恐慌と冷戦」

前半はF.D.Rのニューディール政策について。よく云われるように政策が経済の復活をもたらしたわけではなく、その精神がすばらしかっただけなのか。しかもローズヴェルトは貧しい人を助けるためではなく、景気を回復させるために社会主義的な政策をやってみた…

BS1『アメリカの世紀』4「メンフィスドリーム」

前半はエルヴィス・プレスリー、アメリカ人が楽しめる内容だ。サリヴァン・ショーの前にライヴァルの歌謡ショーに出演していたことは知らなくて、ちょっと得した。後半はキング牧師の最後について不勉強な部分を大いに補ってくれた。牧師の神通力について50…

『21世紀への証言』「ブトロス・ブトロス・ガリ」

初回放送はガリが事務総長をクビになって一年後の97年12月頃。 93年に起きたソマリア派遣軍の失敗とそれに伴うアメリカとの対立の頃の記憶がないので、良い復習になった。それにしてもアメリカ兵の死体を引きずり回しながら、嬉々としている子供達はなんだろ…

BS1『アメリカの世紀』3「世界への登場と敗北」

2000/12/25放送 テーマは第1次世界大戦とベトナム戦争。この番組はアメリカのABCが制作したもので、その制作意図からして精神の部分を日本人が読み取る必要はほとんどない。ただアメリカでは自明の事実だが日本には伝わってこない半ば隠れたエピソードと映像…

BS1『日曜スペシャル』「絆は100年を越えて」

2000/12/17放送 NHKは時々自前ですごく面白い番組を作る。これはポーランド独立の英雄の子孫が日本人として普通に暮らしている、というびっくりするような話があっさりと進む。主人公のおっさん以外にもピウスツキの孫は存在するが、重要なのは子孫が存在す…

教育テレビ『トム・ハンクス自らを語る』

彼が(恐らく)コロンビア大学の演劇科の学生相手に行ったトーク番組(始めを見逃した)。これを見る限り彼はコメディアンを断念したのは正解だったと云われるのも頷ける。話はとても面白いが、始まりからオチまで自分で考えて、観客の反応まで予想通りを期…

教育テレビ『演出家ジュリー・テイモアに聞く』

聞き手は野村萬才、彼は筑紫哲也みたいにくさいことを聞かない。『タイタス』を見る限り、彼女はちょっとおかしいアーティスト系の人かと思ったら、日本やインドネシアで暮らした経験のあるアジアン・テイストを仕事に活かした普通の人だった。様式美の文楽…

BS1『ボスニア虐殺の真相を追う デンマークの元難民担当大臣』

TV-DOC、デンマーク2000年 海外ドキュメンタリーを見る場合、お国柄を反映したものか、放送局の偏向か、それともこれまでの国民内総意を覆すスクープなのかを判断する情報がないため、騙される危険がある。本編の内容は1996年にデンマークの内務・難民担当大…

『ETV特集』「(タイトル不明)」

神学生から革命運動に身を投じ、30年間ソ連に君臨したスターリン。その業績を物語る個人資料がロシア現代史アーカイブから初公開された。1万7千点に及ぶ資料にはスターリンが家族と交わした私信、親族の日記が含まれている。そこにはスターリンの権力が家族…

『ETV特集』「徳田球一とその時代(2夜連続)〜(1)獄中18年の手紙/(2)大衆運動、その高揚と挫折」

見た処、新資料が発見された訳でもなさそうだが、何故今、この特集なのだろう。その1、「徳田の伝記映画を作る会」が活動をしているから、その2、名護市で徳田の展示会が開かれたから。だが、大した理由ではない。穴埋め企画か。しかし、ここまで忘れられた…

『ワルシャワ わが隣人たちの記録』

2000/10/28放送、パヴェウ・ウォジンスキ・フィルム・プロダクション、1999年 ものの本で、有名なドキュメンタリー監督パヴェウのどら息子が、これと同じ内容のドキュメンタリーで賞をとった、となっているのを読んだ。実際はパヴェウ本人が監督のようで、情…

教育テレビ『救出は不可能だったか ロシア原潜クルスクの惨事』

ノルウェーTV2、2000年 注射された女性が証言していた。取材陣はかなり当局に邪魔されたようだが、「ロシアは相変わらずKGBが暗躍している」などと間抜けな憶測ばかり流さず、ちゃんと取材しているマスコミもあるもんだ。個人的な疑問としては、何故乗組員を…

4月28日金曜日:プラハ11日目

実は迷っていた。ドゥルノヴィツェという町まで行こうかと。放送局NOVAとの契約上、何故か金曜日の夕方17時から1試合だけ行われるガンブリヌス・リーグのカードがたまたまドゥルノヴィツェ対オパヴァ(Opava)だった。おそらく水曜日に代表の試合があったの…

4月26日水曜日:プラハ9日目

試合開始は20時半ということで、街の散策から19時過ぎにユースホステルへ一旦戻り、コンタクトを入れて再び出ればよかろう、トラムで10分位だし、と高を括っていると、やはり自分というかトラムの行き先を間違え、しかもこの時間だと本数が1時間2本くらいし…

4月25日火曜日:プラハ8日目

11時頃、別の目的地へ行く途中、トラムでレトナの前を通りかかったら、チケット売り場に行列が出来ている。もしや明日の代表の試合を発売しているのだろうか? と思い、すっかり気が気でなくなり、約2時間程で小旅行を切り上げ、レトナへ戻った。しかし、売…

4月22日土曜日:プラハ5日目

8時半には宿を出て、15分後にはジシュコフ・スタジアム前に到着。まだゲートは閉じられたまま、左手のチケット売り場では、4ケ所とも係員が開場の準備に追われていた。警備員もうろうろし、見に来たようなおっさんもうろうろしている。1人のおばさんが「プロ…

4月21日金曜日:プラハ4日目

街に出てみると、スポーツ・バーの看板にスラヴィアの試合を17時から放送とある。それまでの間、ジシュコフの下見へ行くことにした。といっても地図で見る限り、トラムで中心地から乗り換えなしでの直通だから、迷う心配はまずない。前日からチケットの売り…

4月20日木曜日:プラハ3日目

私がプラハを訪れた最大の目的はミロスラフ・カトレツを見る事だった。カトレツはチェコ代表のリベロとしてユーロ96でも活躍した名選手で、数年前、現役生活の最後を故郷で終えようと、ドイツの強豪カイザースラウテルンからチェコの無名クラブへと移籍した…

4月19日水曜日:プラハ2日目

少し早めに行ってみる。店に入ったのは試合開始15分程前。1人2人だけ席についている丸テーブルがいくつかあったが、どうやらキックオフぎりぎりまで来られない友人のためにとっているらしく、今日も立ち見。ほぼスクリーンの正面で両カードともよく見える位…

4月18日火曜日:プラハ1日目

午前5時に堺の友人宅を出て関空より離陸。フランクフルトで乗り継いで、プラハの空港に着いたのは17時半だったが、その日の宿を探すのに手間取り、荷物を降ろして『地球の歩き方』に載っていたスポーツ・バー『ズラター・フヴェズダ』に着いたのは、20時を15…