パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

『BSドキュメンタリー』「ロシア・兵士たちの日露戦争〜新史料が語る100年目の真実」

2004/9/19放送、90分、構成:馬場朝子/矢野哲治、制作統括:塩田純/三雲節、制作協力:NHKエデュケーショナル
手紙や日記のような文字記録をテレビ的に見せるのは難しいものだろうが、なかなか良く出来ていた。ドイツの放送局が制作した『スターリングラード』(d.hatena.ne.jp/palop/20040205#p1参照)によく似た構成。「どこどこの陣地でこんな酷い目にあった」と書いている手紙のモノローグに、酷い目にあっている史料映像を重ねる方式。旅順の陸軍からバルチック艦隊の海軍までバランス良く目を配っているし、手紙の書き手が戦後、国に帰ってからどうなったかを追っているのも素晴らしい。
番組サイトには、

日露戦争は、ロシアに何をもたらしたのか。…番組は、日露戦争からロシア革命に向かう激しい時代のうねりを、最前線で記された手紙・日記を軸にたどり、ひとつの国家がどのように崩壊に至るのかを兵士=民衆の視点から描き出していく。

とあるが、単に入手した素材に頼らず、高い志を持てば良い作品が出来る好例。
後は軽いツッコミ。
NHKにおけるロシア史物は馬場氏(d.hatena.ne.jp/palop/20040222参照)の独壇場となりつつある。「初公開史料」という事を強調していたが、マル秘扱いだったのが100年の時を経て日の目を見たというよりは、馬場氏がツーカーの史料館職員に「日露戦争100年を記念して1本番組作りたいんだけど、何か企画になりそうな史料ない?」と頼んだところ、職員が出してきたと推測される。『ニコライ2世の日記』を著した我が師匠は「ロシアは資本主義の国になってから史料のコピーに大金を請求するようになったんだよ」と嘆いていたが、NHKも沢山コピー代を払ったのだろうか。
或いは番組内に登場したロシア人歴史学者2人が未公開史料を駆使して日露戦争とロシア人に関する著書を出しており、そのタネ本に沿って番組を制作した可能性もある。馬場氏の「スターリン50年目の真実」(d.hatena.ne.jp/palop/20030706#p3参照)はそんな作りだった。ちなみに「兵士たちの日露戦争」で検索すると、大江志乃夫という人の著作がヒットする。読んだ事はないが、副題が「500通の軍事郵便から」なので本番組の日本側バージョンと思われる。というか、元ネタを知っている人がほとんどいないもの(ラテ欄でこのタイトル見て「おっ、大江本のロシア版か」と思う人が何人いるだろうか)へのオマージュは、単なるパクリと思われるので避けた方が良かったのではないか。
20世紀初頭のロシアで手紙が書け尚且つ最前線に送られた人間となれば、技術兵だとか軍医だとか教養がある人物に片寄ってしまうのではないか。帝政に批判的なインテリばかりではないのか。或いは喩え同じ部隊に属していても戦争の見方は個人のパーソナリティによってもっと千差万別ではないのか。或いは家族に心配をかけないようにわざと景気の良い手紙しか出さない奴もいたのではないか。例えば「おっかあ、わしは無事だ。日本兵が一日中撃ってくるが大したことはねえ。きっと帰るから。それじゃあ皇帝陛下に神のご加護を」みたいな手紙を、正字法も無視した汚いながら一生懸命な文字で農民が書き送っていたのではないか。一貫した物語としてうまく構成されている事を認めつつも、紹介された手紙・日記は恣意的な選択をされているのかもと疑ってみる事も必要。
それから手紙の最後「貴方にキスを贈ります」なんてのは、ただの西洋式定型挨拶文であり、死を目の前にした人が特別な意味を込めて使う愛情表現でも何でもないのだから、わざわざ訳す必要もなかろう、と聞く度に思う。印象操作・ミスリードにしかならない。
エンドロールの史料協力にあった「明石元紹」は明石元二郎の孫。番組に協力してもらったのは良いが、戦争帰還者が革命勢力と結びついた話の説明をするために、その前段階のレーニンと明石の結びつきを説明する必要があったのか。本筋から考えると要らないパートだった気がする。
バルチック艦隊の規模が40隻14000人と知り、その小ささに驚く。軍ヲタでもない限り、戦争に必要な量が想像出来ないのが戦後民主主義教育を受けた人間の弱点。