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パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

日本サッカー史におけるミシャの位置付け

大層なタイトルをつけたが、実際にはボールを蹴ったことがない人の書いたサッカー史。楽譜を読めない人間が書いた音楽史とか物理の法則を理解できない人間が書いた科学史の類だと思って、日本代表が2010年のワールドカップを戦う前に軽く読み流していただければ幸いかと。
★☆★

(1)ミシャサッカーの特徴

2ちゃんで拾った以下の書き込みが簡潔で分かりやすいかもしれない。

66 名前:名無しさん@恐縮です メェル:sage 投稿日:2009/09/23(水) 15:14:31
広島のサッカーをワンプレーごとに見ていくと、
パス&ゴーの徹底
スペースを空ける/使う動き
CB・GKにも足元の技術を要求
長い距離のフリーランニング
攻めあがった選手のカバーリング
これをやりきってるだけで、ピッチ上で現れる現象は奇抜に見えるがやってることは基本事項でしかない。
上記事項はどんなサッカーにも応用は利くし、挑戦してみるのは面白いと思う。
いまやってる広島式3-6-1と同じ形には完成しなくても。
WBの負担がヤバイとか、柏木みたいな化け物が力技で成り立たせてるんじゃないのかとか懸念は他にも多いけど。

もう少し詳しく書かれたものなら、ヒュームさんの「ペトロヴィッチ解任論」(2007年9月23日)を。できれば全部読んで欲しい。
http://hume.seesaa.net/article/56698606.html
書かれたのは降格した頃なんだけど、本質的には変わっていないと思う。何というか今は勝負勘が生まれたとか錬度が上がったとかそんな所。そのなかで引用したいのは以下の箇所。

サンフレッチェには森崎兄弟、戸田、ストヤノフ、青山、柏木、そしてウェズレイと、他のチームならば攻撃の指揮を一手に任されるだけの力量を持つゲームメーカーを7人も同時に起用している。

3年経ってメンバーは入れ替われどもピッチに送り出している選手の特徴はそれほど変わっていないだろう。その辺も含めてミシャの狙いを推測すると以下のような感じになる。
ボールを受けて0.25秒で40m先のスペースを見つけ出す眼があり、そこへ狂いなくキック出来る技術もあるリケルメのような選手がいるならば、その選手を中心に据えれば創造的なサッカーが出来るだろう。だけどリケルメなんてどこにでも転がってはいないし、リケルメが怪我したら終わりっていうのも怖い。それならば、全員がゲームを作れるパサーであり、レシーバーであり、シューターであり、3人目の動きをするフリーランナーだったら、どうだろう。全員が0.5秒で10m先のスペースを見つけ、そこにボールが蹴れ、レシーバーとして複数の選択肢を創れる選手ならば、リケルメのような大天才に頼らなくても創造的なサッカーが出来るはずだ。そういうことだと思う。
★☆★

(2)JFAサッカー(田嶋/小野サッカー)

小野剛の考えをまとめると以下のような感じだろう。

日本人にしかこんなサッカー、とても出来んぞという場面が4年前から見えてきたんです。フィジカルが日本人は劣っているというのがそれまでの決まり文句だったんですけど、とんでもない。確かに高さと単純なパワーは足りないかもしれない。だけど、スタミナとアジリティー(=バランス、巧緻性、スピードなどを含む体力要素の一つ。瞬発力とともに反応や細かな方向変化を含む素早い動きをこなす能力)で充分補うことが出来る。更に言うと、ボール保持者に3人、4人とからんだ時の創造性では絶対日本人がナンバーワンだと思っているんです。敏捷/機敏性の上にそうしたコレクティブな創造性を積み重ねるサッカーで、もう一回世界にチャレンジしたい
http://www.inose.gr.jp/mailmaga/mailshousai/2008/080124.html

つけ加えるなら、最近の小野さんは上記のことを日本サッカーの特徴ではなく世界のサッカーの流れであり、その流れは日本にとって有利な流れだというニュアンスの話をよくしている。引用した部分を含めて恐らくそれほど的外れではないし、オシム父〜ミシャも似たようなサッカーを狙っていたことだろう。ではなぜ、同じようなサッカーを狙っていたはずなのに、田嶋監督や大熊監督や山本監督のサッカーはあんなことになってしまったのか。簡単にいえば、狙っているサッカーを選手に教えられないから。

(a)JFAの育成方針に沿ってユースの頃から、中長距離のパスを両足で正確に蹴れ、90分運動量を落とさずに動ける稲本や阿部や菊地のような選手をがんがん育てる。

(b)????

(c)ボール保持者に3人、4人とからんだ創造的なサッカーをする。

どうすれば(a)を使って(c)のようなサッカーが出来るように教えられるか、その練習方法(b)を、JFAコーチ陣は知らなくてミシャは知っていた。持っている思想を実地に落とし込む練習メニューを考えられるのかどうかが監督の重要な仕事だけど、今のところJFAの指導者は(a)な選手をピッチに並べれば(c)が実現すると考えている節がある。
川勝さんはサンフの試合を解説しながら「広島には創造的な選手が多いですからねえ」みたいなことをよく口にしたが、違うよ、全然違うよ、創造的な選手っていうのは、持って生れてくるわけじゃないんだよ。練習・訓練で育てることが出来るんだよ。その方法をミシャは知っていた。そういうことだと思う。だが、そういう訓練はトップ選手にするんじゃなくて、本当はユース年代に仕込んでおくべきなんだろうとも思う。
1994-95シーズンにヤングアヤックスが欧州を席巻したとき、海外サッカーを取り上げる系雑誌もこぞってアヤックス詣でをし練習から秘密を探ろうとした記事が結構掲載された。がしかし、その内容は「えー、あんな杓子定規な教え方するのー、もっと創造的なのを想像してたのにー」みたいな落胆が多かったと記憶する。曰くアヤックスの練習はカス・ダマトのナンバーシステムみたいだったと。8番のポジションの選手はボールがあそこにあるとき、こういう動きをしろ、そのとき4番の選手は9番の選手をこうフォローしろ。若い時にそういう約束事を叩き込こまれていないとトップに上がっていけない。菊地と成岡が高校卒業時にフェイエだかPSVのテストを受けて不合格だった。理由は金額の折り合いがつかなかったという発表だったが、実は「来るのが3 年遅かった…」みたいなことを言われて断られたという話をどこかで読んだ。36歳の江夏じゃないんだから、18歳の選手に対してそれはないだろうと思いつつも、平山や本田のようなストライカーは別として、育成年代の時にサッカー文法が叩き込まれていないと欧州じゃ使い難いというのはあると思う。日本だと360度の視野を持ってセンターハーフとしてプレー出来る長谷部や稲本が、向こうにいったら仕事が限定されるサイドバックを勧められる理由には、体力面以外にもその辺にありそうな気はする。
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(3)補助線としてのジーコ

先に引用した「解任論」にもあった通り、ミシャにはチーム戦術/ゲーム戦術がないと言われ続けてきた。対戦相手に合わせたゲームプランや効果的な選手交替がないと。そしてそれはジーコに似ているとも言われた。「好きな選手を11人並べて送り出すだけ」「メンバーを固定し過ぎ」「選手のコンディション無視」「交替が遅い」「守備の戦術がない」等々、ミシャへの批判とジーコへの批判はよく似ていて、実際ジーコに似ているっていうのはその通りだろう。
ジーコと言えば、鹿島にブラジル式4-2-2-2を植え付けた人で、当然代表でも4-2-2-2をやってくると思った人も多数だったが、実際にはフォメにあまりこだわりはなく、ドイツ本大会でも連れていったSBやCBの数からすれば4バックをやるつもりだった形跡があるのに「選手がやり易いようにすればいいじゃん」という監督の意向で最終的には3-5-2になった。ミシャもそんな感じ。フォーメーションに全然こだわりがなくて、選手がやりやすいといえば変更を認めちゃう。「3バックにプレスかけられたらやばくね?」→「守備的MFが下がってパスコース作ろうか」、「相手のSBを自由にさせ過ぎじゃね?」→「2シャドーにして左右タッチラインまで守備してもらおうか」、「ゴール前に人が足りないぞ?」→「DFが上がればいいんじゃね」という風に、選手が細部をアレンジしてもOK。
「交替が遅い」「交替が下手」なのもまあ共通点。ミシャがハーフタイムに出す指示で有名なものといえば「ゲームをコントロールしよう」で、割と馬鹿にされている言葉でもあるが、これはミシャが(ジーコと同様に)選手をピッチに送り出したら基本的に後は90分任せるもので、その90分をどう使うかはピッチでプレーする選手が自分で考えるべきことだから。恐らく選手交替策も前日練習等の情報を総合して事前に「彼は疲労しているから60分」「彼は怪我を抱えているから75分」と決めていると思われる。たとえ前半の45分間動きが悪い選手がいても「力を温存したりわざとサボったりして後半35分に一仕事してくれるかもしれないから、今は代えてはいけない」くらいに考えている。傍目には疲れているように見えても、それは駆け引きかもしれない。選手の頭の中までは管理できないのがサッカー。或いは試合展開上の交替をするにしても、交替で入った選手に戦術の微調整をする役目は期待していなくて、単純に普段から身に付けている一芸を披露して欲しいのだろう。平繁には「ゴールを決めろ」、楽山には「ドリブルからクロスを上げろ」、盛田には「跳ね返せ」と。
「守備の戦術がない」については後述する。
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(4)JFAサッカーvs鹿島、長谷川エスパルス、そして城福

Jリーグで一番JFAの方針に盾突いて結果を出しているといえば鹿島。ブラジルのサッカー知の積み重ね。練習を通して共通理解を重ねる。試合の流れを読んだり、時間をうまく使ったりする。そういうの。
数年前のサカマガかサカダイのインタビューで、エスパルスの長谷川監督が「日本サッカーというとすぐハイプレスとかショートカウンターみたいな話になるんだけど、俺はチェルシーみたいなサッカーがやりたいんだよ。リトリートしてブロック作ってマイボールになったら最終ラインからしっかりと繋いでゴール前まで運ぶ。そういう世界がやっている当たり前のことをやるサッカーがしたいんだよ」(記憶による意訳)とみたいなことを言ってた。で実際、今の清水は世界的にみて“普通”なサッカーをちゃんとやっていると思う。選手の集め方も方針に沿っているし。
Jリーグの中で勝つならば鹿島や清水のやり方は正しいし、強くなるための近道がないと考えれば正しい道のりなんだろうけど、普通のやり方だと現時点で格上のチームに勝てないのも確か。大相撲でいうところの相四つと同じで、ブラジル対鹿島、チェルシー対清水をやれば力量が上の方が勝ってしまう。ならば、当座は勝つために喧嘩四つでやってみたり、けたぐりや猫だましを覚えてもいいのかなという発想もないではない。
いまJFA路線のホープといえばFC東京の城福監督。ほんとか嘘かは分からないが、城福さんは「オシムが日本に来る前から私は日本人に合うサッカー、オシムみたいなサッカーを夢に描いていた」みたいなことを言っていた。この人は過去のJFA監督と違って「コレクティブな創造性」をトレーニングの中で身に付けさせることが出来る人なのではないかという期待があったが、さて現状はよく判らない。年2回FC東京の試合を見るだけの私はともかく、FCTサポの間でも評価は微妙な感じ。2007年のU17監督で評価されたのは結局のところ選手の力だったのか。小野剛が率いて世界を魅了したトゥーロン2002だって振り返ってみれば「創造性のある選手をピッチに並べてみたら思いのほか上手くいっただけなんじゃないの?」という疑念が生まれるように、ファンタスティックフォー(岡本/柿谷/水沼/山田)&サイドバックにFW出身者起用でお馴染みの城福さんも技術を持ったユース組をピッチに並べたら偶々上手くいっただけなのかもしれない。
他に注目したいのはJFAの近い所にいながら明らかにJFA路線に反旗を翻してる風間(スペトレ&筑波大)と今西(FC岐阜)コンビ。今西さんが風間さんをドイツからマツダへ呼んだ経緯もそうだけど、単にサッカー戦術どうこうじゃなく、育成観・教育観からしてJFA組とは違いそう。この2人が同じくドイツ帰りの田嶋さん唱える言語技術の必要性やJFAアカデミーについてどう考えているのか聞いてみたい。あとこの話とは関係ないけど、吉本一謙という選手が気になっている。恐らくお金がないという理由以上に人間性やら独自の選考基準を加味して無名の大学生ばかり集めてサッカー版ビリー・ビーンマネーボールになっている今西さんは、単純に腐っているユースエリート崩れを獲得するわけもなく、人として光るものを吉本に見たのだろうし、実際に岐阜では中心選手としてすごく成長しているみたいだし、しかも高い身体能力とフィード力を併せ持つタイプなのに城福サッカーからは見切られているというすごく不思議な存在。
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(5)未来のサッカー

2007年当時「守備の戦術がない」といわれたミシャサッカー。今は敵ボールになったら5バック4センターでリトリートしブロックを作る、味方ボールのときはカウンターに備えてカバーリングに気を配るなんかを基本にし、最終ラインで無理くり回して奪われて「安い」失点をすることも少なくなった。リトリートしてブロックを作る/前から闇雲にプレスしない所はJリーグ基準ではなくともむしろ世界の流れに沿っているともいえる。しかし、守備時の3バックから攻撃時の4バック可変型とか守備時は両サイドバックがベタ引きして攻撃時は最前線でワイドレシーバーになるとか、この辺りは革新的というよりは馬鹿馬鹿しいから誰も真似しないというのが本当だろう。だって効率悪いもん。スペースを作るためのフリーランとか無駄走りじゃなくて、単純に固定位置に達するために長距離を走らなければならない、それで90分保たないとか普通におかしいだろうという話。
「守備の戦術がない」「守備コーチを雇えよ」という批判が渦巻いていた時、私は当時の日本サッカーを基準に擁護した。曰く「サッカーは攻守一体なんだから守備専任コーチとかねえよ」と。つまり加茂さんの時代からプレッシングというのは敵のボールをチーム全体で奪ってそのまま攻撃に繋げるものだ(そして繋げた先は個人の才能ベースだ)ということで、だから練習も守備組/攻撃組に分かれたりはせず全体が連動して動くよう10人が参加するものだと。だが最近、西部さんがよく「未来のサッカーはハンドボールみたく守備側が完全にリトリートした所を攻撃側がじっくりと穴を探しつつ一握りのクラッキが勝負を決めることになるだろう」みたいなことを書いているのを読んで、考えを変えつつある。
未来のサッカー練習は、敵ボールになった瞬間から全力で戻ってブロックを組織的に作る練習をGKを含めた11人でやり、既にブロックを作った敵の守備をこじ開ける練習を11人でやる。その練習は別々のコーチが担当してもよい。ただし、攻撃から守備へ、守備から攻撃へ移る瞬間についてはなるべく効率よく移動距離を少なくするために両担当者によるすり合わせが必須。
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(6)結論

長々と書いてきたけど、要するにミシャは日本サッカーに必要な「コレクティブな創造性」を才能ベースではなくトレーニングベースで生み出せることを証明したよねってことで終わり。