パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

『ハイビジョン特集』「交渉〜ダッカ・ハイジャック事件 106時間の記録」

2006/11/8初回放送、88分、撮影:金沢裕司、リサーチャー:中井佐和子、ディレクター:久保田直、制作統括:佐橘晴男/東野真、共同制作:NHKエデュケーショナル、制作協力:ドキュメンタリージャパン/奥村浩、制作・著作:NHK
今年6月にNHK-BS1で放送された『BSドキュメンタリー』〈証言でつづる現代史〉「ダッカ・ハイジャック事件〜交信テープが語る106時間の攻防」(http://d.hatena.ne.jp/palop/20060725)の拡大版(元は50分)。BS1版が第23回ATP賞テレビグランプリ2006のドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞したお陰なのか、12月2日に再放送されたので、せっかくだからテレビを2台並べて両者を同時に流し、40分水増しされた箇所をチェックしてみた。この方法だとシーンの順序を入れ替えられると苦しいが、幸いにしてそれはなかった。15秒程度の細かい部分で当事者の証言が追加されたりしている箇所は多々あったが、ストーリーの再構成まではする気がなかったとみえる。それ以外の数分レベルで追加されている場面は、事件発生初期にチーフパーサーが殴られて血を流す事態が発生したこと、超法規的措置をめぐる法務省と外務省の喧嘩、ベトナム戦争から新左翼運動に至る日本赤軍がハイジャックする背景説明、数人の欧米人が仮病で解放されたこと、カーター大統領と知り合いだった米国人人質へのインタビューを含む米政府の対応、丸岡とマムード司令官との“友情”に基づく交渉、丸岡や奥平の略歴、人質全員解放を求める石井と奥平の交渉など。過去の史料映像を使ったシーンはカットするのも理解できるが、この番組用に取材・インタビューして入手したエピソードはもう少し有効活用していただきたかった。オレの受信料を使って米国まで取材に行って全編カットかよ。

ラストシーンが全然違うことは注目に値する。石井氏が交渉中に発生したクーデタ未遂事件で亡くなったパキスタン人の墓に参っている場面に、

ダッカでの人質事件は全員無事解放にこだわった交渉は結果的に106時間もハイジャック機を駐機させることになりました。「人命は地球より重し」、いまその言葉が重く乗りかかります。

というナレーションを被せるところまでは同じ(語尾は少し違う=後述)。
BS1版では、続けて交渉が行われた管制塔を映しながら、以下のナレーションを被せて終わる。

事件から24年後、日本赤軍は解散を宣言。ハイジャック犯のリーダー丸岡は1987年、東京で逮捕され、無期懲役を言い渡されました。釈放犯奥平は未だ行方が分かりません。

と事実を伝えるのみ。
一方、ハイビジョン版では、当時お互いの立場を譲らずに口論した管制塔の屋上で、石井氏とマムード司令官が並んでサンドイッチを食べているという、いかにもなシーンに、以下のナレーションを被せて終わる。

マムード司令官たちが、ねばり強く犯人と交渉した106時間。「日本はテロリストの要求に屈した」として世界から厳しい批判を浴びた。しかしマムードさんは、自国に犠牲を出しながらも「ギリギリの交渉と対話を続けたことは間違っていなかった」と、いまも信じている。
あれから29年。いま世界では対話無き暴力の応酬が広がっている。
1977年9月28日、一機の旅客機が強行着陸したことによって始まった空前絶後の交渉。時間をかけた対話による解決は正しかったのか。対立はどのようにして乗り越えるべきなのか。ダッカ事件はいまもその問いを投げかけている。

読んで分かる通り、ハイビジョン版の方が制作者の思いへ踏み込んだスクリプトになっている。ブッシュ的なものへの嫌悪感がひしひしと伝わってくる。個人的には客観中立を装ったドキュメンタリーよりも、後者のような制作者のハートを感じるドキュメンタリーの方が好きだが、仮にBS1版でも後者のようなオチをつけてATP賞テレビグランプリの最優秀賞がもらえただろうか。それは業界内で選出される同賞の性格が、優れた取材・制作(=テクニカル)に与えられるものなのか、優れた反権力・反体制姿勢(=ジャーナリスティック)に与えられるものなのかが分からないので、自分には何ともいえない。

途中で、ナレーションが全部「〜です・ます」調から「〜だ・である」調に差し変わっていることに気が付いた。そして、エンドロールを見てナレーターが別人だと判明し、驚く。BS1版の語りは和田源二、ハイビジョン版の語りは濱中博久。声がすごく似ている。年輩のNHKアナウンサーは似たような声質の人間が採用され、誰が話しても同じように聞こえる指導を受けているかのようだ。ナレーション総差し替えに気付く前は〈先にハイビジョン版を制作→冗長な部分をカットしてBS1版〉だと想像していたが、恐らくは〈先にBS1版を制作→時間の都合上泣く泣くカットしたシーンを足して新たに吹き込み〉なのだろう。
余談だが、ちょっと面白かったので書き残しておく。テルアビブ空港乱射事件の史料映像で、床のタイルについた血痕の映像に続けて、その血痕をモップで拭く映像が流れたのだが、前者は4:3、後者は16:9だから、前者はテレビ局、後者はニュース映画会社が元ネタか。収録元が違う2つの映像を巧いこと繋げたものだと感心した。この場面はハイビジョン版にしかないので、映像の提供元は、両方のエンドロール「資料提供」を見比べて、ハイビジョン版の方にだけ名前がある「怒りをうたえ」上映実行委員会だと推測されるが、同委員会の提供した映像は全共闘関連の箇所だけかもしれない。