パロップのブログ

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BS1『戦後60年・歴史を変えた戦場』「インド・パキスタン 分離独立〜「世界の火薬庫」が生まれた日」

2005/9/24初回放送、50分、撮影:長谷川諭、リサーチャー:福本雅俊、コーディネーター:ジェームズ・ハーパー、ディレクター:真々田弘、制作統括:山崎秋一郎/國友充範、共同制作:NHK情報ネットワーク、制作協力:NDN/谷津賢二
もちろん推測に過ぎないが、恐らくディレクターは「なぜ、今でもカシミールでは印パ間の紛争が続くのか?」という問いを立て、「印パが独立する際の統治移行期間が短かったために混乱が起きたから」という1つ目の答えを出し、更に「では、なぜ移行期間が短かったのか?」という2つ目の問いを立て、「イギリスがなるべく早くインド経営から手を引きたかった」という答えを出す。その実証として、サザンプトン大学のマウントバッテン文書を紹介する。その際には「印パ両勢力の自主的な決定であることを世界にアピールすべきである」といったマウントバッテン総督の企みがよく表れた言葉を引用する。結論として「イギリスの帝国主義者どもは、最後にケツをまくる時まで最低なクソ野郎だ」といった事を示したかったのではないかと思う。
しかし、実際にこの作品をみていると、ヒンドゥー教徒イスラム教徒は独立交渉に入る前から衝突を繰り返しているし、ジンナーは交渉で妥協する気などさらさらないし等々、少なくとも予備知識がなければ「厄介事からうまく足抜けしたイギリス人のリアリズム政策は流石だ」という印象しか残らない。印パの歴史に無知な自分にとっては、興味深く通史的に楽しめる作品であったが、それではいかんだろう。ムスリム連盟は独立志向へ傾いた国民会議派に対抗させるためにイギリスの肝煎りで設立されただとか、そもそも両教徒の対立でさえもイギリスが人為的に誘発したものである事を、もっとアピールすべきではなかったかと思う。要するに構成が下手。
それから細かい点だけど「イギリスの都合で、独立への移行期間が短く設定されたため、大混乱が生まれた」「しかもその国境線を引いたのはカシミールに縁もゆかりもないイギリスの学者」といった論調の説明は、かえって全体の印象を弱くした気がする。たとえば、東西ドイツ統一なんかは89年秋の国境開放から1年後には達成された。最初はまず連邦を組み、10年間の移行期間を経て統一とか言っていたのにもかかわらず、90年夏の選挙では多くの人が性急さを選択した。その結果、15年経った今は、相変わらず東西の心理的壁が取り除かれていないと云われたり、後進地域を飲み込んだお陰で経済が失速したと云われたり散々だが、それでもあのタイミングで統一していなかったら、恐らく二度とチャンスは来なかったのではないだろうか(南北朝鮮がタイミングを逸したように)。国境線の変更というのはそもそも困難がつきまとう事業で、ある種の熱狂というか冷静さを失った思考停止状態だからこそ前に進める部分もあると思う。仮に、現地に通じた人間が、住民に聞き取り調査を行い、正確な宗派別分布図を作成し、何年かの移行期間を設ければ、安定した独立が出来たかといえば、結局1つの村から少数派の側が追い出される状況に代わりがなければ、武器を揃えたり、軍隊を組織する時間を与えるだけ、より凄惨な戦いになったかもしれないし、その辺は、間違いというよりは見解の相違に過ぎないけど、個人的にはイギリスに対する批判のための批判のように感じられた。

とはいえ、製作者の方に気の毒な面もある。いったい『戦後60年・歴史を変えた戦場』シリーズが、「名称はよく知られているが、中身は意外と知られていない歴史的事実を淡々と通史的に紹介する」歴史情報番組なのか、「よく知られたあの事件、新史料から意外な新事実が明らかになった」式の追求型ドキュメンタリーなのか、「数十年前のあの出来事を、今2005年の視点から問い直す」説教型ドキュメンタリーなのか、今一つコンセプトが分からない。その辺のコンセプトをシリーズ内で統一させるのがプロデューサーの仕事だと思うのだが、今や『戦後60年』シリーズは、NHK公式サイトの『BSドキュメンタリー』や『BS世界のドキュメンタリー』にある「今後の放送予定」にも載らなくなった。自分の妄想では、今年初めにNHKプロデューサーが下請けに「4月から始まる歴史番組のために戦後60年で面白そうな10数本の企画を立てたから、続きははみんなで勝手にやってよ」とか言って、後は下請け番組制作会社に丸投げしている図が浮かんでくる。すっかり孤児となって見放された観もある『戦後60年・歴史を変えた戦場』シリーズから今後も目が離せない。