社会を結びなおす――教育・仕事・家族の連携へ (岩波ブックレット)
- 作者: 本田由紀
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/06/05
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本田先生の肩書「教育社会学者」というのは、その活動からして“教育”に力点があると思っていたが、p.9の表1「社会学者による戦後日本の主な時代区分」をみると、ああ社会学者だったんだなと思った。当然のことながら統計やデータを読むプロだし、経済学に理解があろうに、それでもやはりリフレ派は嫌いなんだろうか。本書でも、本田先生が唱える新たな社会モデルへ移行するに際しての財源の問題に触れ、一つは「富裕な者から困窮する者に対して資源を分配」、もう一つは新たな社会モデルの方が「結局は経済的な活力やその結果としての税収が得られやすい」と書き、リフレ派的な経済成長については賛否を明らかにしていない。明らかにしていないが、広井良典『定常型社会』を好意的に引いているし、内心は「定常型社会」派と、「持続的な成長」派の対立において前者を支持しているのだろう。ただ、公に表明すると教えたがりのうざいリフレオヤジが寄ってくるので、そこはわざと曖昧にしている可能性がある。
というのが前振りで、39歳独身底辺介護労働者の立場で読めば、新たな社会モデルに何の異論もないし御説ごもっともなんだけど、“現在の社会状況の閉塞について、多くの人々が「このままではだめだ」という感覚を生々しく抱く度合いが高まっているように思える”(p.52)―ここは楽観的過ぎるような気がする。私の周囲の市井の人々は景気が悪いとか給料が安いとかは言っても、社会システムへの閉塞感は感じていない気がする。
政治家や官僚や有識者が集まって景気を良くしたり給料を上げたりするための法制度の改正は出来る。それが出来れば、市井の人々はまあまあ納得する。でも、私や本田先生が望んでいるのは、その手の豊かさを取り戻すための法制度弄りじゃなくて、規範をひっくり返す事なのではないの? しかし既存の規範を壊すのってどうやればいいのだろう。一般に政治家の公約だと「女性の働きやすい社会の実現」「非正規雇用の廃止」とか具体的な方が称賛されるのだろうけど、何か違う。もっと「隣人に対してギスギスすんなよ」とか「常識の押し付け合いを止めようよ」とかそういうふわふわした言葉が聞きたいんよね。
話は逸れるけど、ちょっと思ったのが、オバマって、このままいくと無能な大統領として歴史に名を刻みそうじゃん。シリアの人を見捨て、でもパキスタンでは無人機で市民を殺し、国内の分断は解消出来ず、格差は拡大し、演説だけだったなと。しかし、人権関係の格調高い演説って、目先の豊かさには繋がらないけど、それを聞いた10代20代の人が30年後とかに世の中の規範を変えてくれる引き金にはなりそうな気がする。でもそれって現役の政治家の仕事なのか…なところで悩む。
本書のレビューを書いた有名なブログ(http://d.hatena.ne.jp/yositeru/20140808/p1)のはてぶコメントに「パッチもいいけどハックもね」ていうのがあって、なかなか言い得て妙だなと。貧困や格差を是正する法制度改正(パッチ)もいいけど規範を乗っ取ろうよ(ハック)と。回らなくなったシステムにペタペタ何か貼ったり油差しても仕方ないじゃんと。政府の審議会に出席できるようなお偉いさんである本田先生には「経済界に利をもたらしますよ~」「経済成長に繋がりますよ~」と既得権益者を騙しながら、規範をハックする手を考えてくださいよと。「教育」側から一手させば、ドミノのように「家族」「仕事」の規範もパタパタと倒せるようなハックを。私は私で底辺から、妊娠して夜勤も入浴介助も出来なくなって産休とって育休とっている20代女性に対して「同じ給料貰ってるのに同じ仕事をしないなんて非常識よ」とか言ってる50代60代女性に「今はそういうのがちゃんと権利として守られているんですよ。自分たちの頃は無くて苦労したからといって、下に下に足を引っ張るのは止めましょうよ」と啓蒙する仕事をしますから。
しかしそう考えてくると、本田先生が以前から若者に言ってた専門性を身につけさせることに加え、最近は労働法を学ばせて企業側の不法や不条理に対して戦える知識とハートを身につけさせようとしているのも、本田先生なりのハックだったのかと腑に落ちた。ぶっちゃけ2006年頃とは書いている事が少し変わってきているよね。「抵抗」の方を強調するようになった。
高校生以上の仕事に対する意義のある教育を考える際に、私は2つの重要な側面があることを忘れてはいけないと考えています。一つは、仕事への「適応」です。適応とは、仕事にかかわる知識や技能を身につけ、仕事の現場で求められているような柔軟な振る舞いができることですね。しかしもう一つ大切なことは、仕事への「抵抗」です。職場にうまく適応する方向だけでなく、間違ったことを「それは違う」と発言できる若者になってほしい。言い換えれば、労働法や労働者の権利に関する知識と、それを実践する方法や建設的批判とノウハウを身につけてほしいということです。
「教育」からのドミノによって「仕事」を倒す実践ハックだ。と同時に、本田先生が団塊ジュニア世代の特に男性に対して冷たいのも納得。相対的には恵まれていたはずの団塊ジュニア男性が何も身につかないまま40歳なっちゃったら、これはもう手遅れねと。
あ、あの女の目、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。冷徹な目だ。「かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」って感じの!
うん、確かに本田先生はリサリサ先生感がある。さて、本田先生のハックへの努力に対する我ら底辺団塊ジュニア男性のアンサーは「我々の事はもう見捨てていいですから、未来ある若者を助けてあげて下さい!」かな、やっぱり。
(参考)
派遣労働をめぐる教育社会学者と経済学者のやりとり