パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

(番宣)NHK-BS1でセルジオ・デメロのドキュメンタリーがあるよ

9月8日・9日深夜、2夜連続で『BS世界のドキュメンタリー』「セルジオ テロに死す〜イラク復興を託された男」の前後編が放送される。

2003年8月19日、バグダッド国連事務所が自爆テロで爆破された。イラクの復興支援にとって致命的だったのは、国連事務総長特別代表セルジオ・デメロの死であった。ブラジルのリオデジャネイロで外交官の家庭に生まれたセルジオは、諸外国を転々とする子供時代を過ごし、新しい土地や人々にすぐ溶け込める資質を身につけた。国連高等弁務官事務所(UNHCR)で30年以上にわたりボスニアレバノンなど世界の紛争地域の現場で任務にあたり、特にカンボジアでは国際機関の人間として初めてポルポト派の幹部との交渉を行い35万人の難民の帰還に成功した。バグダッド事務所の爆破現場に駆けつけた米軍兵士が、崩落した2階と3階の床の間の狭い隙間で瓦礫の下敷きになったセルジオの姿を発見する。資材が不足する中で救出が試みられるが、自らのことより他の職員の安否や被害状況を始終気遣っていたという。爆破は特別代表の執務室の直下。テロの標的はセルジオ自身だと推定された。彼はなぜテロの標的となったのか? そのきっかけは、国連の全権を担って東ティモールに派遣され、その独立に尽力した時期にまでさかのぼる。

2003年8月19日、バグダッド国連事務所で起きた自爆テロの真相と、標的となった国連事務総長特別代表セルジオを描いたドキュメンタリーの後編。セルジオは自らの仕事で、特に東ティモールの独立に思い入れがあったと、仕事仲間で婚約者でもあったカロリーナは振り返る。しかし皮肉にも、世界最大のイスラム教インドネシアを敵に回し、東ティモールの独立を支援したことが、国連セルジオに対するイスラム過激派の不信感を決定づけることになる。東ティモールでの疲れも癒えぬ間に、セルジオに今度はイラクでの仕事が打診される。国際社会からの熱い期待や、アンチ国連だったブッシュ大統領の要請も受けてイラク復興の任についた彼は、現場を歩き、地元の人々たちを尊重し、信頼関係を築きながら支援するという従来のスタイルを貫き続ける。しかし、アメリカの占領統治下にあったイラクでのセルジオの活躍は敵の反感をあおる事となり、国連事務所が標的となったのだ。爆破から3時間半後、瓦礫の下敷きになりながらも同僚や家族、国連のことを案じていたセルジオは息を引き取る。あとに残された者たちの心に、人道支援のあるべき姿と勇気を残して…。

私がデメロの名前を知ったのは2004年4月18日に放送された『Nスペ』「イラク復興〜国連の苦闘」(http://d.hatena.ne.jp/palop/20040422)で、それ以来彼について詳しいことが書いてある文書はないだろうかとまめに検索をかけてきたものの日本語ではなかなか見つからなかった。基本的に国連の事務方なんて日本人の緒方さんや明石さん以外は滅多に話題にはならないし、話題になる事務総長は前のアナン以外各国の政治家が就く役職だし。断片的に「デメロには国連ブルーした色の血が流れているといわれるくらいの国連好き」みたいなネタは耳に入ったのだけれど。
そうこうしているうちに月日は流れ、最近洋書でデメロの評伝を発見した。著者はオバマ大統領の側近サマンサ・パワー。ドキュメンタリーのタイトル(”Sergio”)をみると、恐らくこの本を元に制作されていると思われる。英語版の公式サイト(http://www.silverbridge.net/)にも” SERGIO is based on Pulitzer Prize-winner Samantha Power's groundbreaking biography”と書いてあるので間違いない。制作会社によるとセルジオは“ジェームズ・ボンドロバート・ケネディを足して2で割った頼りになる男”らしいぜ。凄過ぎ。流石に原書は読めないので早く日本語版出てくれないかなあと思っていたが、とりあえず映像化してくれて有り難い。見るのが楽しみだ。

Sergio: One Man's Fight to Save the World

Sergio: One Man's Fight to Save the World