パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

全てのNHKドキュメンタリーは台本至上主義なのか?

何か撮りたい題材があったら、テレビ・ディレクターはまず、その世界について入念にリサーチして、企画書を書かなくてはならないのが普通だ。(中略)そして、構成表と呼ばれる台本にショットのリストや予想されるインタビューの内容(!)、ナレーション、「落とし所」と呼ばれる最後のオチまで細かく書き込んでいく。(中略)まあ、1本につき数百万円から数千万円の予算が動くわけだから、社会の仕組みとしては当たり前といえば当たり前かもしれない。(中略)だから、以前、台本を書くことに難色を示した僕を「お前は設計図無しに家を建てるつもりか!?」と叱責したプロデューサーの気持ちも、分からなくもない。しかし問題は、ドキュメンタリーは家ではない、ということである。設計図を念入りに書けば書くほど、それが作家の思考や行動を攪乱し、あるいは縛りつけ、作品を台無しにしてしまいかねない。それがドキュメンタリーの宿命なのである。
――想田和弘『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社、2011)pp.65-66

「1997年から2005年頃まで、ニューヨークを拠点にNHKなどのドキュメンタリー番組を量産するテレビ・ディレクターだった」(同書より)想田は、TVドキュメンタリーにありがちな台本至上主義を以上のように批判している。想田に限らず、森達也などもNHKドキュメンタリーの台本至上主義、その融通の利かなさを度々批判している。実際にそういう側面はあるのだろうなあと思う。

7月13日に放送予定だった『ドキュメンタリーWAVE』のタイトルと内容は以下の通り(公式サイトより)。

「揺れるタックスヘイブンの島〜キプロス危機とロシア人〜」
今年5月、EUによる金融支援が決まった地中海の小国キプロス。今、人口の1割を占めるロシア人たちの間に、不満や怒りが渦巻いている。EUは、キプロスに対する100億ユーロ(約1兆3000億円)の財政支援と引き換えに、前例のない条件をつきつけた。10万ユーロを超す銀行預金に多額の課税を決めたのだ。狙いは、巨額の“ロシアマネー”。租税回避地として知られるキプロスには、低い法人税率などを背景に、海外から多額の資金が集まり、その半分近くをロシアマネーが占める。事実上、ロシアの資金に課税し、救済に充てようとしていることに、ロシア側は猛反発している。支援策が明らかになって以降、ロンドンなどへの移住を考えるロシア人が急増、ユーロ離脱論も語られ始めている。番組では、キプロスで富を築いたロシア人や預金封鎖に揺れるロシア人社会を取材、キプロス危機の行方を見つめる。

しかし直前になって放送予定から消え(中止とも延期ともアナウンスは無し)、8月24日の放送予定で現れたタイトルと内容が次の通り(公式サイトより)。

「‘ロシアマネー’が襲った島 〜キプロス危機の真実〜」
今年、地中海の小国キプロス金融危機が世界を揺るがした。EUは1兆3000億円の支援と引き換えに、前代未聞の預金への課税を決定。キプロス第二の銀行は封鎖、国民は今、高い失業率に苦しむ。危機の背景にあるのがロシアマネーの存在だ。タックスヘイブンで知られた島に巨額のロシアの資金が流入、銀行の資産はGDPの7倍にも膨れ上がった。銀行は、集めた金でギリシャ国債を大量に購入、マネーゲームに走った。しかしユーロ危機で国債が暴落、多額の損失を出したのだ。キプロスでは銀行経営陣の責任を追及する調査が始まった。番組ではバブルのつけに苦しむ人々を取材、キプロス危機の真相を描く。

推測に過ぎないが、まあ同一の企画だろうと思われる。それにしても急激な方向転換ではないか。ロシア側から描くつもりがキプロス側に変わっている。NHKでこんな企画変更が許されるのはかなり例外なのではないか。これは余程実績を残しているプロデューサー&ディレクターの手によるものなのではないか。という感じで明日の放送を楽しみにしている。新しい方のサブタイトルがいいよね。「取材しているうちに通説とは違う“真実”を見つけたぞお!」という心の叫びが聞こえてくるようだ。いや、逆にロシア人社会への取材が全然進まなかったが故の苦肉の策という可能性もある。大穴として番組内容がプーチンを激怒させそうな感じになったから、NHK内のロシアンスクールが圧力をかけたとかも陰謀論としては楽しい。
もちろん放送も楽しみにしてはいるけど、正直取材の舞台裏の方が気になる。だからいつも書いている事に戻るけど、テレビ局はドキュメンタリーを放送した後、プロデューサー&ディレクターによるティーチインをやろうよ。視聴者からの質問に答える場を作ろうよ。
もう少し話を飛躍させると、数年前に流行った事業仕分けみたいなことをNHKドキュメンタリーのプロデューサー&ディレクターに対して受信料を収めている人間が出来たら面白いかもしれない。現行法制度では、NHKの予算・決算は国民の代表たる国会議員が監査・承認しているという形になっているのだろうが、もっとざっくばらんに実際に予算を使った人と視聴者代表が向かい合って、提出された全ての領収書を前に、「えー、ロンドン取材を敢行されたということで、ロンドン5日間の滞在費と東京・ロンドン間の航空チケット代を請求されていますが、番組を見ると内容には全く反映されていないようです。これは本当に必要な取材だったのでしょうか。事前に電話などである程度の当たりはつくものではないですか?」みたいに細かい事をチクチク突くの、楽しそうではないか。