パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

NHKドキュメンタリー・緊急被ばく医療

2019年3月に放送された 『ETV特集』「誰が命を救うのか 医師たちの原発事故」及び同じ制作班による『BS1スペシャル』「緊急被ばく医療の闘い 誰が命を救うのか」の評判が良く、もちろんそれに異論はないのだけれど、ほぼその2年前の2017年2月にNHK総合で放送された『明日へ』「証言記録・第61回・福島県 見えない恐怖の中で~緊急被ばく医療の闘い~」もなかなかのものだったので、そこは先駆者の功績もちゃんと評価してあげたいというのが、このエントリーの目的です。

※カッコ内の肩書は当時だったり現在だったりいい加減ですが気にしないでください。

 

GTV『明日へ』「証言記録 第61回 福島県 見えない恐怖の中で~緊急被ばく医療の闘い~」

2017/2/26初回放送、43分、撮影:長谷川哲也、ディレクター:野澤敏樹、プロデューサー:丸山雄也、制作統括:松尾雅隆/佐藤謙治、制作協力:駿、制作:NHKエンタープライズ、制作・著作:NHK

インタビュイー(GTV版)

長谷川有史(福島県立医科大学救命救急センター

田勢長一郎(福島県立医科大学救命救急センター・DMAT受け入れ側)

鈴木敏和(放射線医学総合研究所緊急被ばく医療研究センター・オフサイトセンター着)

重富秀一(双葉厚生病院)

廣橋伸之(広島大学病院・救急医)

谷川功一(広島大学緊急被ばく医療推進センター→現在、福島県医大

近藤久禎(厚生労働省DMAT事務局)

熊谷敦史(長崎大学国際ヒバクシャ医療センター)

 

 『ETV特集』「誰が命を救うのか 医師たちの原発事故」

2019/3/9初回放送、60分、資料提供:福島県立医科大学放射線医学総合研究所広島大学長崎大学杏林大学福井大学/DMAT事務局/東京消防庁陸上自衛隊/双葉厚生病院/福島赤十字病院日本赤十字社福島県支部福井県立病院/双葉地方広域市町村圏組合消防本部/高野甲子雄、撮影:佐藤努、ディレクター:鍋島塑峰、制作統括:矢吹寿秀/宮本康宏、制作・著作:NHK福島

インタビュイー(ETV版)

福島芳子(放射線医学総合研究所

廣橋伸之(広島大学DMAT・医師)

重富秀一(双葉厚生病院・院長)

谷川攻一(広島大学・医師→現在、福島県医大副理事長)

細井義夫(広島大学・医師→現在、東北大学大学院)

立﨑英夫(放医研・医師)

鈴木元(原子力安全委員会の調査員・医師)

「医療支援にかけつけた医師」のテロップのみ(BS1版をみると竹村真生子)

長谷川有史(福島県立医科大学・医師・救急外来リーダー)

熊谷敦史(長崎大学・医師→現在、福島県医大

山口芳裕(杏林大学・医師・東京消防庁特殊災害支援アドバイザー)

 

BS1スペシャル』「緊急被ばく医療の闘い 誰が命を救うのか」

2019/3/10初回放送、50分×2、資料提供:福島県立医科大学放射線医学総合研究所広島大学長崎大学杏林大学福井大学/DMAT事務局/東京消防庁陸上自衛隊/双葉厚生病院/福島赤十字病院日本赤十字社福島県支部福井県立病院/双葉地方広域市町村圏組合消防本部/高野甲子雄/立﨑英夫、撮影:佐藤努、ディレクター:鍋島塑峰、制作統括:宮本康宏/矢吹寿秀、制作・著作:NHK福島

インタビュイー(BS1版)

福島芳子(放射線医学総合研究所・オフサイトセンター医療班)

廣橋伸之(広島大学DMAT・医師)

近藤久禎(厚生労働省DMAT事務局・医師)

重富秀一(双葉厚生病院・院長)

谷川攻一(広島大学・医師→現在、福島県医大副理事長)

細井義夫(広島大学・医師→現在、東北大学大学院)

立﨑英夫(放医研・医師・オフサイトセンター医療班)

鈴木元(原子力安全委員会緊急事態応急対策調査員・医師)

竹村真生子(県立南会津病院・医師)

長谷川有史(福島県立医科大学・医師・救急外来リーダー)

熊谷敦史(長崎大学・医師→現在、福島県医大

山口芳裕(杏林大学・医師・東京消防庁特殊災害支援アドバイザー)

 

※谷川先生の名前は科研費のページでチェックすると攻一が正しいはずで、2017年版の功一は間違いだと思うが、画数等のゲンを担いで改名した可能性もないではない。

 

話を聞いている顔ぶれは、2017年版も2019年版もほとんど一緒よね。2017年版ではリーダーの谷川先生にだけ聞いていたけど、2019年版では同僚の細井先生にも聞いているくらい。DMATの話は2017年版の方が詳しかった。

あとは、放医研からオフサイトセンターに派遣された人へのインタビュイーが違うくらい。2019年版の福島先生のシーンで出てくるホワイトボードに書いてある「鈴木(放医研)」は2017年版に出てくる鈴木敏和先生よね、多分。地震発生直後、放医研から福島先生が先遣隊としてオフサイトセンターに行って受け入れ準備して、その後に鈴木敏先生が到着した感じか。2つのバージョンを組み合わせて謎解き。

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ゴールデン・ローズ・シナゴーグ跡(リヴィウ)

2018-10-18撮影

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ガイドブックによれば第2次世界大戦中に破壊されたシナゴーグの跡しか残っていないという話だったが、着いてみるとリヴィウに縁のあるユダヤ系偉人の言葉が刻まれた石板が並んでいたので、とりあえず文字が読めるように1枚ずつ撮影してみたものの、グーグル先生の力で世界中のインターネットをチェックしても類似の画像を見かけないので、もしかするとマナー違反/冒涜なのかもしれないが、怒られるまでネットの海に上げておこう(研究者共同体に属してなかったり現地の友人がいなかったりすると、知らずに禁忌を破ってしまいそうなのが辛いね)。基本は英語/ウクライナ語/ヘブライ語イディッシュ語かも)の3カ国語表記だが、もう1言語(イディッシュ語ラテン文字表記なのかな?)載っている板もあった。本当は英文を文字起こしまでしてみようかと思っていたが、そうすると世界中から見つけられる可能性が高まるし、何より今は画像を読みこんだだけで文字を抜けるアプリとかあるらしいので、その辺りは各自頑張ってもらおう。石板と石板の間隔が狭くて撮影は大変だった。どれを撮ったか分からなくなるし。一応網羅したつもりだが。

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ちなみに撮影している時、3歳くらいの男の子が石板に上って遊び始めて「まあ、まだ文字も読めないし、板の並びって遊具みたいだもんね」と微笑ましく見ていたら、お父さんらしき人がものすごい勢いでとんできて、ものすごい大声で叱って、ものすごい勢いで連れ去っていった。個人的には「子供には分からないんだから別にいいじゃん」と思ったけれど、ああいうのはやはり天で見ている神に悪いという感覚なのか、世間の目があるから体裁が悪いという感覚なのか、どっちなのだろうか。

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Shmuel Yosef Agnon(1888-1970):日本版ウィキペディアもあるノーベル文学賞受賞著名人。本名Shmuel Yosef Czaczkes。生まれはBuczacz、1908年にパレスチナへ移住。リヴィウとは関連なさそう。

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Leszek Allerhand(1931-2018):ポーランド語版ウィキペディアもある著名人。リヴィウのゲットーに入れられたが、両親と脱出して終戦まで隠れていた。戦後はポーランドに追放されて医者になる。

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Milo Anstadt(1920-2011):本名Samuel Marek "Milo" Anstadt。リヴィウに生まれ、10歳でオランダに移民、アムステルダムで隠れ家生活。ジャーナリストになる。

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Israel Ashendorf(1909-1956):I. L. Peretz賞に輝くイディッシュ語作家。Ізраeль Ашендорфで検索すると、ロシア語版ウィキペディアがヒットした。1946〜68年までポーランドで発行されたイディッシュ語文芸誌の編集委員をしていたらしい。戦後活躍した人についてはキリル文字が読めないときつい。

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Majer Balaban(1877-1942):英語版ウィキペディアがあるスター歴史家。Meir BalabanともMajer Samuel Bałabanとも表記。リヴィウ生まれ、リヴィウ大学を出た後は、クラクフポズナニ、ベルリン、グダンスク、ルブリンと様々な場所でユダヤ人の歴史を研究、ワルシャワゲットーで死亡。

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Martin Buber(1878-1965):日本版ウィキペディアもある言わずとしれた著名人。生まれはウィーン、リヴィウにいたのは1892〜96年のみのよう。

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Wiktor Chajes(1875-1940?):ポーランド語版ウィキペディアを持つリヴィウの名士。リヴィウ生まれ、ポーランドに同化したユダヤ人。グーグル翻訳だと市議会評議員とか副市長とか出るけど、正式な肩書は不明。ソ連のNKWDに連行されて殺されたので、厳密にいえばホロコーストの犠牲者ではない?

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Ignacy Chiger:リヴィウの下水道に隠れてホロコーストを生き延びた一家の父らしい。アニエスカ・ホランド監督『ソハの地下水道』のモデルとか。『Świat w mroku』(暗闇の世界)というポーランド語のサバイバル記を出版している。

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Marten Feller(1933-2004):Мартен Феллерで検索したら、ウクライナ語版ウィキペディアにМартен Давидович Феллерという言語学者が出てきた。Drohobych生まれ。キエフユダヤ教研究所の人らしいが、あまり有名人ではなさそう。

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Alexander Granach(1893-1945):英語版どころか日本版ウィキペディアもあるドイツの俳優。本名Jessaja Gronach。Verbivtsiという小さな町で生まれ、リヴィウに出てきて、1906年にウィーン、ベルリン、ソ連を経て、1938年に米国へ渡って死亡。

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Janina Hescheles-Altman(1931-):英語版ウィキペディアもある著名人。旧姓Hescheles。父Henryk Hescheles、叔父Marian Hemarも著名人、Stanisław Herman Lemも親戚。リヴィウ生まれ、ホロコーストサバイバー。イスラエルに渡って化学者。

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Rabbi David Kahane(1903-1998):英語版ウィキもある著名人。宗教指導者で哲学博士でホロコーストサバイバーで『Lvov Ghetto Diary』の著者。戦後はイスラエルへ。

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Inka Katz(1930-):検索してもあまり情報はないが、『ニュルンベルク合流』を読んだのでハーシュ・ラウターパクトの姪だってことは知っている。それによるとハーシュの妹ザビーナはマルセル・ゲルバードと結婚して一人娘インカを産む。生まれはリヴィウ近郊のŻółkiew。ジェノサイドの生き残り。

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Kurt Lewin(1890-1947):日本語版ウィキペディアもある著名人。Mogilno生まれ、1905年に一家でベルリンに移住、ということでリヴィウにはあまり縁がなさそう。

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Alexander Lizen(1911-2000):これまたイディッシュ語作家らしい。Alexander Lizenberg Aleksander Lizen Aleḳsander Lizenなどとも表記。ウィキペディアイディッシュ語版しかない。それによると、生まれはヴォルィーニ州で、第2次世界大戦後にリヴィウに移住してきたみたい。戦前リヴィウにいて、その後出て行った有名人が多いなか、逆は珍しい。

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Borys Orach(1921-2011):正式名Borys Hryhorovych Orach。「ユダヤ人のリヴィウを知る100」という文化保存運動をしている現役アクティビストだったみたい。ロシア語ができるならБорис Орачで検索してもっと情報があるだろうが、私の能力不足。

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Moyshe Shimel(1903-1942):ポーランド名Maurycy Szymelで検索したら、ドイツ語版とポーランド語版のウィキペディアがあった。詩人・ジャーナリスト。リヴィウ生まれ、同化ユダヤ人としてポーランド語の教育を受け、ポーランド語で詩を書く。1930年代になってイディッシュ語でも書くようになる。リヴィウ強制収容所で死亡。

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Jacob Shudrich:検索すると、Eliyahu Yones「Smoke in the Sand: The Jews of Lvov in the War Years 1939-1944」とDov Levin「The Lesser of Two Evils: Eastern European Jewry Under Soviet Rule, 1939-1941」という本の中にイディッシュ語の作家・詩人として出てくるから、そういう人なのだろう。

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Rabbi Joel Sirkes, the Bach(1561-1640):Joel Sirkesの名で英語版ウィキペディアもある著名人。ルブリンからクラクフ辺りで活躍した宗教家みたいだけど、リヴィウとの関連は定かでない。

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Lili Thau(1927-):別名Lili Chuwis Thau。著書に『Hidden』。Stanisławów(現イヴァノフランキフスク)生まれ、生後10か月でリヴィウへ。占領下のリヴィウで隠れて生き残り、戦後はイスラエルのハイファへ。

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Debora Vogel(1902-1942):英語版ウィキペディアもある著名なポーランドの哲学者・作家。Burshtynで生まれ、ウィーンに行き、第1次世界大戦後にリヴィウへ来た珍しいパターン。リヴィウのゲットーで殺される。

★★★

古きリヴィウの情報を翻訳で得るためには、平田達治、佐藤達彦、平野嘉彦からのヨーゼフ・ロートマゾッホのようなドイツ文学ルートしか思いつかなかったが、デボラ・フォーゲル、ブルーノ・シュルツスタニスワフ・レムのようなポーランド文学/イディッシュ語文学のルートがあったのかと今さら気付く。

リヴィウのエリア・スタディーズを専門にするなら、英語とドイツ語とロシア語とウクライナ語とポーランド語とイディッシュ語ヘブライ語くらいは出来ないとなかなか難しそう。グーグル翻訳様の進化に期待しよう。

天皇杯・サンフレッチェ広島×沖縄SV戦

7月3日、18時30分キックオフ、福山市竹ヶ端運動公園陸上競技

 

最近は、サッカー観に行って、写真を撮って、そのまま放置しているので、ブログに上げる練習をしてみようかと。ショボいマイカメラにこの悪天候は厳しかった。きっと世界に名だたるiPhoneとかの方が綺麗に撮れるだろう。

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前俊と一誠を目当てに、15年半ぶりに竹ヶ端運動公園へ。サンフユース×ホーリーホック戦以来。

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試合前に青山がボールを蹴っていた。良かった良かった。だがしかし、試合に出られる状態なのかは疑っていた。

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練習が終わると、高原と水本、青山と前俊がペアで話していた。

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前半の広島は3-6-1、後半から清水を左へ、東を右の前に出して4-4-2。メンバーを代えずにシステム変更とはなかなかやるな。といいつつ、大弥は割を食ったままじゃないか。沖縄SVサイドバックサイドハーフも左右逆かもわからないが、許しておくれ。

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後半始まってすぐに広島が先制してすぐに高原が負傷交代。高原は実質監督なのでピッチに寝たまま、そばに寄ってきた前俊をベンチまで伝令に遣わし、ベンチの名ばかり監督に交代して入る選手を指名。ベンチに下がった後は、足を冷やしながら監督業をしていた。

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青山が途中交代して入ると、少し離れた場所にいた一誠が近づき、プレーが切れた数秒にあいだに拳を合わせる。

やっぱり青山は判断が早いね。ボールをもらうまえに周囲を見て、受けたときには次が見えてて、の繰り返しのスムーズさが他の選手とは全然違う。運動量とか守備の強度の関係でもうスタメン起用はないのかもしれないけど、監督も選考基準が複数あって難しいだろうね。

沖縄は高原と前俊が縦関係の4-4-1-1かな。前俊には守備に戻る元気がないので、両サイドハーフが走りまくり。左右とも良い選手よね。両サイドバックも良い選手。GKに元J1選手を加えて、去年観た時よりもセンターラインに一本芯が通って良い感じ。去年はもうちょっと個の力で大味なサッカーをしていた感じ。

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高原と前俊がベンチに下がってから耐える時間が長くなり、80分過ぎにとうとう2失点目を食らい…からチームがバタバタしちゃって、そこは一誠、お前が舵を取らないと。自分の仕事だけしているのでは元J1の名が廃る。

前俊を前半からいけるところまで使うのはどうなんだろうね。クラブが上のカテゴリーに行くほど個人技で殴れる機会は減りそうだが。ダニーロおじさんとかフランサとかティーラシンとかああいう使い方の方が本人も活きそうだが。スタメンにはがむしゃらに走る若いのを使って。

皆川と岡根のエアバトルはJ1でも通用する。でもこの画像は岡根×渡。

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アディショナルタイムの4点目、パトリックのゴールは、左サイドでボールを持った渡の外側を高橋壮也が爆発フリーランニングしているのを囮に(といえば聞こえは良いが実質スルーして)パトリックにクロスを上げたらゴールが決まっちゃって、壮也が拗ねながら自陣に帰ろうとしているところを渡が捕まえて、ちゃんと何事か声を掛けてフォローしてた。偉い。壮也も頑張れ。

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井林はリーグ戦ではベンチにも入れないのに、カップ戦だとベンチどころかスタメンでキャプテンだったりして、相変わらず監督のなかでの位置づけがよくわからんよね。CBの何番手なんだよ。

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