パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

NHKディレクターの逮捕は政府の陰謀なのか

6月6日のダイアリーに冗談半分で、

先日、ヤフー検索「山口智也+NHK」で空前のアクセスがあったので何事かと思ったら、痴漢で逮捕だった。これはもう植草先生と同様に「憲法押し付け論を否定するドキュメンタリーを作ったから権力によって陥れられたんだ!」説が流れるのは間違いない。陰謀論の歴史がまた1ページ。地方人の自分には、いい年した社会人が眠くなるまで酒飲んで電車に乗る感覚が分からない。

と書いたら、実際に陰謀論を唱えているサイトがあった。

反戦な家づくり「焼け跡から生まれた憲法草案」のディレクターが逮捕さる!
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-375.html

6日の日記を書いた後、自分はグーグルニュースでweb媒体での報道を一通り探して読んだが、『ETV特集』の件に触れているのはZAKZAK夕刊フジ)だけだった(実名を伏せて報道)。県立図書館で6日付の主要紙も調べたが、web以上に詳しかったのは、頬ずりの様子をイラスト3枚にして説明していたスポーツ紙くらい(どこだったかは忘れた)。テレビ報道はチェックしていないが、そもそも報道の元になっている警察発表の時点で逮捕者の制作番組まで説明したとは思えないし、山口ディレクターの実績に触れるならば、『ETV特集』よりも4月に放送された『Nスペ』「日本国憲法誕生」の方がふさわしいだろうから、ZAKZAKさんの元ネタも「山口智也+NHK」検索で引っ掛かったこのダイアリー(当該記事はこちら(http://d.hatena.ne.jp/palop/20070304)の可能性はある。陰謀論の発信元になっている責任を感じる一方で、本当に陥れられたのならば、ネット検索がなければ陰謀論すら発生しないまま、いつの間にか1ディレクターの懲戒解雇として話題になることもなく流されていたかもしれないわけで、私が政府の陰謀を阻止したといえなくもない。
ただ、一言書いておくと、上記サイトの

だいたい、2分間も頬ずりされて、そのままにしている被害者がいるのか??

という表現はどうだろうか。私は痴漢をしたこともされたこともないが、満員電車の中で後ろ隣りに立っている酔っぱらったおっさんが居眠りしながら、顔を近付けてくる状況で、声を出せる女性もいれば、出せない女性もいると想像する。もちろん女性は警察に突き出すつもりはなく、次の停車駅で離れるつもりだったのに、近くの男性が勝手に捕まえたことで大事になった可能性はあるけれど、少なくとも被害にあった女性に対して失礼な表現だと感じる。「敵の味方は敵」という発想かもしれないが、もう少し気をつかっても良いのではないかと思った。上記サイトにトラックバックしている他のサイトも陰謀論では盛り上がっても、こういう表現をたしなめる人がいないのは残念。
上記サイトでは、続報「NHK職員の連続逮捕についてのメモ」でも、

また、その前に逮捕された出向社員については、「昨年10月の買春」が今年の5月末に逮捕されている。事実なのかもしれないが、なんでこんなに後になってから逮捕されるのか?
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-378.html

と書いているが、2ちゃんのニュース速報板なんかを読んでいる限りの知識だと、買春で逮捕されるのは、まず援交少女が深夜徘徊やらで補導されたり、大金持っている娘をみて心配になった親が問い詰めて警察に通報→携帯電話のアドレス帳にある同年代の友人以外のおっさんを軒並み割り出す→電話会社に通話ログを提出させる→日時を確認してホテルに録画テープを提出させる→証拠が固まったところでおっさん逮捕、らしいので、このくらいのタイムラグが生じるのは同様のケースでの他の報道をみても通常通りだと分かる。当たり前だがホテルから出てきた所を現行犯逮捕するわけではない。最初から疑ってかかると、何でもそう読めてくるのが陰謀論の恐ろしい所。何でも陰謀認定していると、逆に本当の陰謀を信じてもらえなくなるから気を付けなければならない。
………
報道のうち、警察発表/弁護士発表と思われる箇所を以下に抜き出す。

山口容疑者は、東京地検に同容疑で送検された翌日の4日に釈放されている。〈読売新聞〉
「酒に酔っていて気が付かなかった。迷惑をかけたなら申し訳ない」と供述、既に釈放されている。〈日経新聞
「酔っぱらっていて覚えていないが、事実だとしたら社会的制裁を受ける」と話しているという。同ディレクターはすでに釈放されたという。(中略)NHKによると、山口ディレクターは接見した弁護士に「眠っていて意識がなかった」と話したという。〈朝日新聞
同ディレクターは「記憶がない」とした上で、「もし事実ならば、罪を償う」と話している。逃走の恐れがないとして、釈放された。(中略)山口ディレクターは帰宅途中で、酒を飲んでいたという。〈時事通信
同ディレクターは酒を飲んで帰宅途中だった。「記憶がない」「事実なら社会的制裁を受けても仕方ない」と話している。NHKによると、接見した弁護士に「眠っていて意識がなかった」と話したという。〈サンスポ〉
3日後に釈放され、代理人の弁護士は「本人は酩酊状態で記憶がなく、意図的ではなかった。マナー違反にとどまる」としている。〈毎日新聞

典型的な人質司法(逮捕・勾留という身柄拘束を行い、自白するまで保釈を認めないという捜査手法らしい)の犠牲者という気がする。1日夜に現行犯で捕まる。最初は「記憶にない」と否定したので、その夜は勾留。翌2日、弁護士を要求する。自白するまで弁護士との接見も禁止するのが警察のやり口だが、メディア関係者にこれをやると後が面倒なので許可、弁護士から「自白しなかったら20日間でもここから出られないよ。冤罪なら頑張れ」とアドバイスを受けるが、酔ってて記憶にないのだから事実論争はあきらめて自白。3日に送検、4日に釈放、5日午前に記者クラブで公表。各社がNHKに問い合わせて記事になったのが5日午後。これで大体の辻褄は合っているはず。
日刊スポーツの6日朝刊では、もう少し詳しく掲載してあった。詳しいといって独自取材というわけではなさそう。

調べでは、山口ディレクターは1日午後11時40分ごろ、京王線大前駅から、新宿発橋本行きの通勤快速電車に乗車、同駅で続いて乗り込んでいた帰宅途中の女性会社員の背後に立つ形で電車が出発した。電車が走りだすと、山口ディレクターは目の前の女性の背後から、自分の左ほおを女性の右ほおにすりつけたという。女性は嫌がって顔を背けるなどしたというが、山口ディレクターはほおずりを継続したという。
当時は金曜日の夜で車内は混雑していたが、山口ディレクターの背後に乗車していた男性会社員(46)が、ほおずりを嫌がっている女性を発見。山口ディレクターを取り押さえて、次の桜上水駅で3人で下車すると、駅員に引き渡した。取り押さえた男性会社員は「こんなことをする人が本当にいるのか」と驚いた様子だったという。
成城署によると、山口ディレクターは桜上水駅では「やっていない」と容疑を否認していたという。調べに対しては「酒を飲んでいて、事実に記憶がない」と供述。また「女性が嫌がる行動をしてしまったと考えていますが、事実とすれば社会的制裁を受けなければならない」と、容疑の認否がはっきりしない供述もあったという。3日に送検されたが「もし事実なら罪を償う」としており、逃走の恐れはないとして、4日に釈放されている。
NHK広報局によると、山口ディレクターは教育テレビのETV特集の番組を主に担当している制作局のディレクター。広報局では「職員が逮捕されたことは、その後釈放されたとはいえ、遺憾です。事実関係を調べた上で、対処します」としている。(一部省略)

このケースで政府の陰謀が入る余地があるとすれば、逮捕の部分よりは記者発表の部分だろうか。とはいえ、警察が実名で公表しなかったら逆にメディアから批判される。そのメディアが有罪判決を受けたわけでもない容疑者の実名を晒して“社会的制裁”を加えるのがそもそもの間違いなんだと思う。せめて、警察発表を引用するだけの記事は匿名、自ら足を運んで裏をとって記事に責任を負うことが出来る場合のみ実名、くらいのルールはあってしかるべきだろう。上記の記事だと、毎日新聞は引いた弁護士のコメントがちゃんと容疑者側の意図を汲んでいることからも分かる通り、酔っぱらった上の粗相が大事になってしまった容疑者に同情的なんだと思われる。逆に弁護士のコメントのうち「社会的制裁を受けても仕方ない」の部分を引いてくる新聞社は警察の犬といっても差し支えない。特に朝日新聞と日刊スポーツがひどい(と思ったら、朝日と日刊は業務提携しているらしい)。文体もひどい。「〜という。〜という。〜という」って。
もっともメディアが警察の犬であり、一方的な容疑者バッシングを行うという社会的風潮を前提に、警察が逮捕の事実を公表したと考えれば、政府の陰謀といえるかもしれない。ただ社会的な信頼を失墜させるには、前提として社会的な知名度がなければならないが、今回のディレクターは元々の知名度がなかった。本ダイアリーがなければ、『ETV特集』との繋がりさえ報じられぬまま、軽い処分の後に復帰していたかもしれない。それだと陰謀の意味がない。
もっと直接的に、逮捕されたことでNHKを懲戒解雇されるように仕向けたという陰謀も考えられる。今回のケースはクビにするほどではない微罪だが、前後にNHK職員による強制わいせつと児童買春を挟んで報道し、まとめてクビになるようイメージ操作したのならば見事な陰謀だが、仮説には少し弱い。
あるいはNHK制作者を「お前ら、逆らったらいつでも逮捕出来るんだぞ」と見せしめにし、政府に刃向かわないよう自己検閲させる効果を求めたのかもしれない。ただ、いま読んでいるエリス・クラウス著『NHKvs日本政治』によると、自民党は年度予算と受信料値上げの国会承認という武器を使ってNHKに自己検閲させるシステムを作り上げているそうだから、わざわざ警察権力を使って脅す必要があるかは微妙な所。
結局、分からないものは分からないというのが一番誠実な言い方。分からないものを「陰謀」だと決めつけるのは不誠実な言い方。メディアや司法が政府から独立していないことを陰謀と呼ぶならば、この国はずっと陰謀にあふれているといえるかもしれないが。
………
やや余談。陰謀論は後付けで言うから陰謀論。先に予言してしまえば信憑性も少し高まるだろう。
「焼け跡から生まれた憲法草案」のプロデューサーは塩田純氏。この番組の、というよりは『ETV特集』という枠全体のプロデューサーで、社会派の番組を多く送り出してきた。あるドキュメンタリー作家氏のブログによると、塩田氏は、

帰りしな、Sプロデューサーと電車で話し合った。彼も、番組以外に趣味はないという。でも40半ばで独身なので、ぶつくさ文句を言われることもなく、快適だとのたまう。彼は昨年夏「日中戦争」のドキュメンタリーを制作し、今年は「戦犯」をテーマに取材を開始している。

という人物。自分が陰謀を企む権力者だったら、仕事が生き甲斐という独身中年男の方が陥れ易そうに思えるが、逆に守るべき妻子がいない方が権力に立ち向かう意思も強く保てそうな気もするし、難しいところ。
ということでここに宣言する。「戦犯」をテーマにしたTVドキュメンタリーが公開される前に、塩田氏が軽犯罪で逮捕されたら、自分の中で「国家の陰謀」と認定する。先に書いておけば、予防的な効果を発揮するかもしれないし。

(2008年3月4日追記)http://d.hatena.ne.jp/palop/20080304に後日談あり。