パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

『ETV特集』「東京を創った男 後藤新平〜その思想と戦略」

2007/5/20初回放送、90分、番組ナビゲーター:西村幸夫(東京大学教授)、撮影:吉田耕司/長田勇、リサーチャー:岡崎潤、取材:越美絵、プロデューサー:河口歳彦、ディレクター:菅家久、制作統括:山登義明/塩田純、共同制作:NHKエンタープライズ、制作著作:NHKドキュメンタリージャパン
なんてこった! NHK左派の良心ともいえる『ETV特集』が、大日本帝国における植民地政策の先兵たる後藤新平を賞賛する番組を作るなんて! NHKの端の端まで安倍ファシスト政権の毒が回ってしまった。もう政府にもの言える良心的なメディアもなくなって格差と憲法改悪で日本もお仕舞いだあ。
と考える人がいてもおかしくない内容だった。たとえば番組中に登場した粕谷一希氏(評論家)のコメント、

大日本帝国としての、加害者としての責任というのは、今の眼でみれば、当然ある」
「内地の都市計画よりも台湾の都市計画の方が良いという側面がある、道路とか。後藤新平がやった台湾の植民地統治というのは優れた面があった」
「普通に考えられている搾取という観念の植民地ではなくて、そこに文明を移植するという。素直にナショナリズムを排除して考えれば、後藤が描いていた文明というもの、(これは)国境を越えるんだと思いますよ」

というのは、90年代末までの自民党閣僚が言ったら、普通に辞職ものだと思う。この他にも、ナレーションで「新平は支配する立場にありながら、台湾の人々を同じ人間として尊重する側面を持っていました」というのもあったが、支配者側がそれを言ったらお終いの感はある。「イギリス人はインドでも南アフリカでも抵抗する者は武力で粉砕しましたが、従順な者にはジェントルマンとして接しました」と同じような理屈。
もちろん制作側も後藤の功罪は分かってて、エグゼクティブプロデューサーは、

とはいえ、彼は富国強兵の名のもと、アジアの植民地政策の先頭にたった男だ。けっして明るい面ばかりとはいえない。そこが、この人物の評価をめぐって意見が分かれるのだ。(中略)満鉄の初代総裁をやったり内務大臣をやったり、戦前のNHKの初代総裁をやったり東京市長をやったりと、その華麗な人生をすべて番組にはできないので、今回は東京市長時代、関東大震災で壊滅した東京を創った点に注目してみることにした。
http://mizumakura.exblog.jp/6109566/

と予防線を張っている。番組を見ると「今の東京を考えようぜ→実質的設計者の後藤を取り上げようぜ」だと推測したのだが、企画としては「後藤を再評価しようぜ→当たり障りのない東京復興にしようぜ」なのか。
番組についてだらだらとブログ検索していたら、後藤が創設した満鉄調査部にはマルクス経済学を学んだ合理主義者が集ったそうだ。後藤自身が貧困を排するために科学的な研究を重んじ、豊かになるための手段が大切であって民族がどうこうなんて気にしない考えだから、さもありなん。というか、後藤は理論から入っていないだけで、経験から学んだ社会主義者といえそう。番組の中でも「合理的」「科学的」「文明の発達」等々、現代では使用に際して細心の注意が必要になったキーワードが無邪気にちりばめられていたが、20世紀始めの社会主義者は「便利で豊かになりさえすれば民族だの宗教だのは踏みつぶしてしまえるさ」という楽観的な進歩史観を持っていたのだろうし、それを21世紀始めの立ち位置から批判するのは反則だろう。ただ何というか「合理的かつ科学的に自制・節制して健康で社会の役に立つ人間を育てようじゃないか」という後藤的貧民観/国家観は、健康増進法や監視カメラに反対する人達が大嫌いな国家社会主義ファシズムそのもののような気もする。被支配民族への植民地主義と自国民への国家主義というのは繋がるのか繋がらないのか、勉強不足の自分には分からない。
伊藤博文は植民地問題に絡めると評価が難しいはずだけど、まあ明治の元勲だし既に歴史上の人物だから触らないようにしよう。後藤新平満州事変の前に死んでるし、そろそろ再評価してもよくね?(←今ココ)そんなわけで60年安保を直接に体験した世代が死んだら、岸信介も再評価されたりするのかな。

ちょっと本筋とは関係のない話。まあ地方人にとっては「後藤新平が今の東京の基盤を作りました。すごいでしょ」と言われても「それが何?」という感じは否めない。ただのローカルニュースだ。『新潮』に載った東浩紀氏と仲俣暁生氏の対談をざっと立ち読んだが、その中で「地方の人は東京の地名を知らない」というのに引っ掛かった。そんな当たり前のことを言われても。Jリーグでいえば、東京都と千葉県の間で金町ダービー、都と神奈川県の間で多摩川ダービーとか行われているが、地理的な感覚がないからピンと来ない。首都圏では、東京の中心から放射線状に私鉄やJRが伸び、その沿線毎に異なるライフスタイルがあるらしいが、それならいっそのこと路線沿いに縦長く行政区分を敷いた方が分かりやすいんじゃないかと思う。日本で東京(首都圏)に似た作りの都市が他にあるかといえば、恐らくないだろう。報道によると、自動車(特に新車)が売れていないそうだが、主要駅にでかいモールが次々と誕生している首都圏だからそうなのであって、地方の県庁所在地ですら18歳過ぎた高校生ヤンキーから目がショボショボしている70歳代の高齢者まで自動車無しでは生活出来ないよ。そして地方の財政じゃ新車なんて買えないよ。ということで、首都圏と残りの日本(rest of Japan)では運営しているシステム自体が違う。どっちが優とか上とかではなくて比較不能。東京(首都圏)を見て日本を語ることも不可能。東京で行われた最先端の社会実験が地方に波及するなんてこと、もうないんじゃないの。そもそも東京ローカルの事件事故がキー局のニュース番組から全国に報道されているという地方人の違和感にピンと来ない人が、東京から見渡して日本を語ってもなんだかなあというのはある。

おまけとして、番組に出てきた偉い人の著書をリンク。個人的にはあまり興味をひかれない。

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