パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

『ETV特集』「焼け跡から生まれた憲法草案」

2007/2/10初回放送、90分、スタジオゲスト:古関彰一(獨協大学法学部教授)、VTR出演:原秀成(憲法学者)/小西豊治(憲法史研究家)他、資料提供:江口十四一、撮影:浅野康治郎、ディレクター:山口智也、制作統括:塩田純、制作・著作:NHK
検索して、元ネタは恐らく小西氏の著書『憲法「押しつけ」論の幻』だろうと推測し、読んでみた。憲法制定過程の研究については、古関氏や原氏の著書など既に多数あるようだが、その中で番組で取り上げられた「憲法研究会案を実質的に書いた鈴木安蔵は、植木枝盛を始めとする明治期の自由民権運動家による憲法案から着想を得ている」とするのが小西本のオリジナリティらしいので、元ネタとみて間違いない。小西本は条文の説明が多くてなかなか頭に入ってこないが、番組はうまいこと感動ヒューマンストーリーに仕上がっており、ディレクターの構成能力に感心する。

憲法「押しつけ」論の幻 (講談社現代新書)

憲法「押しつけ」論の幻 (講談社現代新書)

小西本の要旨は、

日本国憲法は、鈴木安蔵(=憲法研究会)がつき、ラウエル中佐(=総司令部民政局)がこね、日本側(=帝国議会)が食べる憲法餅といった構図で成り立っている。〔P.98〕

が大凡を表している。つまり「餅をついたのは日本人だから自主憲法だ」「餅をこねたのはGHQだから押しつけ憲法だ」「何だかんだいって食った以上は言い訳するな」というわけで、アマゾンのレビューを読んでも分かる通り、結局どこに力点を置くかは論じる人の世界観の問題でしかない。人は見たいものしか見ない。
それから少しせこいと思ったのは、現在の憲法改正論議の中心になっているのは、日本国憲法三大原理のうち「平和主義(戦争の放棄)」だろうと思うのだが、小西本で検討されているのは徹頭徹尾「国民主権象徴天皇制)」の源流である。もちろん「天皇制と軍国主義は深く結びついていたのだから、国民主権と平和主義の論議も一体である」とする考え方も理解出来る。ただ、小西本の中で平和主義の話題は約200ページのうち1箇所、それも「芦田修正」を総司令部が受け入れたエピソード、つまり日本側の要求を米国側が受け入れた一例としてさらっと第九条第二項をもってくるところが、「何もそこでその例をもってこなくても」というかディベートテクニック過剰な印象を受けた。
明治自由民権運動家が参考にしたのはフランス革命期の共和国憲法だという。共和国憲法やフランス人権宣言を遡れば米国の独立宣言だろうから、GHQスタッフと思想的な親和性があるのは当然というか、西欧の普遍的な人権思想が根本にある。番組では触れられていなかったと思うが、小西本ではラウエルと鈴木(植木)を結びつける媒介者としてハーバート・ノーマンに1章が割かれている。ノーマンは共産主義者だったとかソ連のエージェントだったという話もあるようで、改憲派ならそこから「押しつけ論」を補強するだろうし、NHKもそこを懸念して省いたのかもしれない。しかし共産主義も基本は近代西欧思想だから、ワイマール憲法スターリン憲法の影響が憲法研究会案の文面としてどのように表れていようと、大した違いはないと思う。「ジョン・ロックが源流にあるから押しつけだ」なんて言い出したらキリが無いわけで。むしろ、自由民権運動家が構想した共和主義的な明治憲法案が成立していれば、いわゆる軍国主義国家になっていなかったとか、海外に派兵していなかったとか、富国強兵政策をとっていなかったとか、そういう論を疑った方が良い。植木がブレーンをしていた板垣退助征韓論者だったというし、実際、立派な近代憲法を持っていた西欧諸国のほとんどが植民地政策&帝国主義戦争をしていたわけだし、明治期の歴史には通じていないので間違っていたら申し訳ないが、歴史のイフを美化しすぎるのもどうかと思う。とりあえず、護憲だろうが改憲だろうが憲法の正統性を歴史的経緯に担保させるのは不毛だし、内容が良いか悪いかで議論するしかない。