パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

BS1『BSドキュメンタリー』「証言でつづる現代史:総合商社支店長誘拐事件〜フィリピン 20年目の検証」

2006/4/29初回放送、50分、撮影:小松正一、リサーチャー:福本雅俊、ディレクター:宗像竜大、プロデューサー:斉藤圭介、制作統括:山崎秋一郎、共同制作:NHKエンタープライズ、制作協力:日本電波ニュース社/熊谷均、制作・著作:NHK
非常に奇妙な番組。5月7日日曜日の13時10分から再放送(http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p/001/11-09117.html)があるので、是非見て頂きたい。愛知学泉大学の小林幹夫教授のサイト(http://www.gakusen.ac.jp/faculty/mikio/3-1.htm)に日本とフィリピンの公安が発表している公式ストーリーに沿っていると思われる事のあらましが書いてある。こちらを読んでから番組を見ると、流れを掴みやすいはず。

番組制作者が作ったストーリーでは、
(1)1986年11月15日に三井物産マニラ支店長が誘拐された。
(2)1987年1月6日に誘拐実行犯が逮捕された。
(3)1987年3月31日に支店長が解放された。
(4)逮捕された実行犯の背後には黒幕がいるらしいが、謎のまま月日は流れた。
(5)2003年1月23日にフィリピン共産党の軍事部門である新人民軍の元司令官ロムロ・キンタナールが殺された。
(6)殺したのは、フィリピン共産党幹部グレゴリオ・カー・ロジャー・ロサル(Gregorio“Ka Roger”Rosal)で、犯行声明の中で「キンタナールが党中央の指示を受けず、勝手に支店長を誘拐したので処刑した」と言っている。
(7)番組がカー・ロジャーへの独占インタビューに成功(どうだ!凄いスクープだろ!)
(8)フィリピンの情報機関は日本赤軍の事件関与を指摘しているが、日本赤軍のメンバーはメディアの取材に対して一切の関与を否定している。
(9)この事件以後、日本企業の海外における危機管理が問われるようになったが、その後も南米やアジアで日本企業社員に対する誘拐等が後を絶たない。

大体こんな感じ。奇妙なのは、番組中で、1991年1月に誘拐犯の新人民軍総司令部全国特別作戦本部所属フロレンシオ・モンテラが逮捕され、その供述から日本赤軍の関与が明らかになっているという事実に触れていない事。更にいうと、1988年に日本の公安当局が三井物産マニラ支店長誘拐事件について「丸岡修や佐々木規夫、泉水博ら日本赤軍と現地テログループが連携した犯行だった」と断定している事にも触れていない。
NHKサイトには、

「危機管理」という言葉を日本に定着させた三井物産支店長誘拐事件から20年。日本赤軍の関与もささやかれ、未だに謎に包まれた事件の全ぼうを、新たに公開された公判記録、アキノ元大統領、ラモス元軍参謀長、誘拐実行犯ファジャルド兄弟等、当事者への徹底インタビューで明らかにする。

とあり、番組内ではまるで誘拐実行犯は捕まったものの、その背後関係はこれまで明らかにされていなかったかのように描かれていたが、少なくとも日本とフィリピンの公安にとっては、おおよその概要は掴めている事件である。制作者のいう「独占スクープ!」に新事実があるとすれば、誘拐事件はフィリピン共産党中央の承認を得たものではなく、いわば跳ねっ返りの暴走だったという点だが、これは党幹部がそう言っているだけで、番組内でも、

犯行を企て、監禁していた首謀者はロムロ・キンタナール。そうフィリピン共産党幹部は表明しました。しかし本当にキンタナールの犯行だったのか、カー・ロジャーたちフィリピン共産党は事件に無関係なのか、キンタナールが死亡したいま、真相は不明です。

としている。

日本電波ニュース社がどういう社風であるかはサイト(http://www.ndn-news.co.jp/)をみれば、大体想像つく。TVドキュメンタリー・報道ドキュメンタリーに関心を持つ者として、大手メディアが政府のプレスリリースを垂れ流し、少数者の声が聞こえてこない状況を是正したいという考えは理解出来る。「IRAPLOが民族解放組織で、ETA日本赤軍やフィリピン共産党がテロリストなんて境界線は引けない。彼らの考えにも耳を傾けるべきだ」という考えも理解出来る。森達也氏の「ドキュメンタリーは客観性やら中立性などとは絶対に相容れない」という考えも理解出来る。世の中に流布している「通説」にカウンターを食らわせたいという考えも、ジャーナリストならば当然だろう。そもそも「三井物産マニラ支店長誘拐事件に日本赤軍が関わっている」というのは日帝・比帝・米帝のでっち上げで、私はそれに踊らされているのかもしれない。
しかし、20年前の風化しつつある事件、「通説」自体が一般に流布していない事件を取り上げているにもかかわらず、「通説」に対するオルタナティブな推測である事を表明せず、「これが真相です」という顔をして視聴者に提示するのは、TVドキュメンタリーとしてはルール違反ではないだろうかと思う。山形まで自腹を切って映画祭に駆けつけるような問題意識の高い人相手に「真相」を提示するのならばともかく、TVという「たまたまチャンネルを合わせた人」を相手に見せるメディアには、いわゆる「ドキュメンタリー」とは異なったルールがあって良いのではないだろうか。
もう一つ気になったのは、事件の歴史的位置づけ。「この事件は90年代以降に起こる在外日本人誘拐及び殺害事件の先駆けであり、日本企業の危機管理の意識を変えた事件だ。外務省のサイトにもそう書いてある」として制作者は描いているが、実際は70年代に盛んだった日帝企業による海外侵略への抵抗運動の残滓ではないかと思う。1974年生まれの私は「東アジア反日武装戦線」なんて初めて聞いたが、検索すると日本赤軍の大道寺将司氏が書いた企業連続爆破の理由が出てきた。やや長いが、以下に引用すると、

日本は明治維新以来、常に海外にいろいろな資源や材料の供給を求め、その結果として台湾、朝鮮、中国、インドシナなどに対し、軍事侵略を行ないこれを植民地化して、その利益によって日本の社会構造を築いてきました。そして、戦後は表面的には形は違いますが、企業が海外に進出して安い労働力を求めると共に、海外の国に公害をたれ流していわゆる企業による侵略を行ない、企業侵略による搾取によって日本の社会構造を形成してきたとするのが、私の基本的認識です。一方、既成左翼は革命を日本の労働者階級による闘いとしてとらえていますが、私は日本の労働者階級は先程述べた植民地化や、企業による侵略に組み込まれた、いわゆる帝国主義労働者であり、これによっては真の革命は望み得ないものであり、私は企業侵略により搾取されているいわゆる植民地の労働者の闘争によってのみ、真の革命が可能であると考えております。そして、先程も述べたように、日本の社会構造の基礎を形作っているのが、いわゆる植民地に進出している企業である以上、革命のための第一歩は何よりも海外企業侵略を行なっている大企業に対してダメージを与え、企業侵略を阻止することであると考えております。しかしながら、この企業侵略の阻止は、これまで行なわれてきた各種の大衆活動とか議会における活動によって達成することは不可能です。なぜなら、これら大衆活動も議会における活動も、先程述べたような形で形成されてきた社会構造の中でいう限界の中で行なわなければならないからです。私は企業侵略を阻止するためには、企業侵略によって搾取されている国々の労働者の立場に立ち、物理的な力によって企業にダメージを与える必要があると考えました。これが、海外進出企業に対し爆弾を設置して爆破させた根本的な理由であります
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/nihon.htm

三井物産支店長を誘拐して身代金を要求する行動とものすごく整合性がとれている。日本赤軍は何で誘拐への関与を否定するのだろう。堂々と誇りをもって犯行声明を出せば良いのに、と思うくらいだ。

以下は、完全に自分の妄想。うろ覚えだが、日本赤軍重信房子氏は最近「武装闘争の放棄、合法・公然活動への転換」を唱えていたと思う。フィリピンでの出来事とはいえ、日本人の誘拐事件ゆえ、何かの拍子に再捜査となる可能性もあるだろう。80年代にやっていた非合法活動で因縁をつけられるのはまずい。よし、フィリピン共産党や新人民軍と協力関係にあった事は否定しないが、誘拐事件に関しては新人民軍の跳ねっ返りによる暴走という事にしよう。友人のフィリピン共産党幹部に声明を出させよう。あれ、出させたけど、日本で全然反響がないや。よし、パレスティナ支援活動を通じて知己のある日本電波ニュース社さんに共産党幹部への取材をお願いしよう。どうせならサスペンスタッチの潜入取材っぽくしてみようぜ。こんな感じ。

キンタナールは誘拐で得た多額の身代金を武器の購入に充て、残金で高級外車を乗り回していたといいます。(開始から37分頃)

なんて番組内ナレーションもあったが、これなんか番組内容とは何の関係もない、反論出来ない死人に対するひどい中傷というか印象批評。「フィリピン共産党は潔癖なのです」というイメージにもっていきたいのかと疑ってしまう。
87年4月2日に開かれた支店長帰国記者会見シーンの、

Q.その中に日本人は含まれていますか。
A.(吐き捨てるように)含まれてないです。

これなんかも印象操作くさい。更にいえば、当時国軍参謀総長だったフィデル・V・ラモスに「誘拐実行犯以外、背後に誰が操っていたか分からなかった」と言わせているのも印象操作くさい。もう何もかもが胡散臭く聞こえてしまう。
とにかく、制作者は何故、新人民軍の誘拐犯が1991年に逮捕されて日本赤軍との関係をゲロった事に触れなかったのか。単純にスクリプト構成が下手なのか、他に勘ぐられる意図があるのか。それが知りたい。