パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

翻訳文の真意がつかめない件

月刊スポーツ誌『スポルティーバ』にサイモン・クーパーの「フットボール・オンライン」というコラムが連載されている。ページの下段には「ウガンダ生まれ、オランダ育ち、現在はパリ在住の英国人ジャーナリスト」という彼の公式プロフィールも載っているが、サカヲタ的には『サッカーの敵』『アヤックスの戦争』といった著書とともに「英国人らしい硬派で皮肉っぽいサッカーライター」という感じでよく知られていると思う。
そんな彼の2005年11月号のコラムは「イングランドの黄金時代はいつまで続く?」という題で、

たいていのイギリス人と同じで、僕はイギリスのことをバカにする癖がついている。イギリス人くらい自分の国をめちゃくちゃに言う国民は、たぶんほかにいない。だから先日パリからイギリスに出かけて、この国が絶好調なのを目の当たりにしたときは、自分がどこにいるのかわからなくなった。こんなことは長く続かない。

で始まり、

いつの日か僕たちはこの夏を、黄金時代が終わった時として思い起こすのだろう。もうすぐイギリスは昔のように、泣き言と負け惜しみを繰り返せるようになる。でもしばらくは、勝ち続ける自分と折り合いをつけなくてはならない。

で締めくくられる。その間に、スラムみたいだったアパートが綺麗に改装され、アーセナルのサッカーは中身も面白く、クリケットは世界一、ラグビーでもオーストラリアと引き分け、プレミアのテレビ放映権料は高額、といったイギリスが好調であるという話題が並び、何度か「こんなことは長くは続かない」と繰り返される。
印象的な段落をもう一箇所あげると、

僕はロンドンの友人たちに、イギリスは絶好調じゃないかと言ってみた。するとみんな、いったい何の話だと言う。残業は多いし、電車は遅れてばかりだし、天気は悪いし、みんな肥満体だし、政府はイラク戦争にからんで嘘をついていた。おまけに、おかしな連中が入れ代わり立ち代わり、ロンドンを爆破しようとしている。いいことなんか、ひとつもないじゃないか。けれど友人のひとりのパソコンを見ると、クリケットイングランド代表がオーストラリアを破ったときの写真がスクリーンセーバーに使われていた。


これは誰が誰に向けて書いたものだろうか。もしクーパーが単純な意味での愛国主義者ならば「英国人ジャーナリストが故国の好調振りに皮肉は言いつつも、喜びを隠し切れない文を日本の読者に向けて書いている」と読めるかもしれないが、これまでの実績を鑑みるにクーパーは故国を愛するが故に率直な批判も書くタイプのジャーナリストである。さらにいえば、文中の「イギリス経済が好調」とか「クリケットが世界一」という事実が日本の『スポルティーバ』読者に共有されているとは思えない。
恐らく、この文章はイギリス人読者に向けて書かれたものだろう。「友人達よ、昔と相変わらない皮肉を言いつつも、好調な現状に嬉しさを隠し切れないようだけど、日頃国外にいる私からみれば一時的な現象で浮かれているあなた方が心配だよ」くらいの意図をもった内輪ネタ。最近のワールドサッカー系雑誌に掲載されている記事は「日本の読者に向けて」という発注で書かれたものがほとんどなので、このコラムもそうなのかと思っていたのだが、どうやらイギリス国内向けのコラムを翻訳したもののようだ。
通常この連載コラムは、カリブ海からインドネシア辺りまで我々がよく知らない地域のサッカーネタを拾い起こしては、知的な味付けを施して紹介してくれている。そういう「知らない事を教えてくれる」タイプの情報ネタに関しては、共有されている前提が無くても全く問題ないが、こういう皮肉をまじえた国民性に関わるネタの時はどうだろうか。一般に自虐ネタは書き手と読み手がそれぞれの立ち位置に対する認識を共有していないと成立しないもの。にもかかわらず、著名なジャーナリスト先生の有り難い記事だから自動的に翻訳して掲載する。それで良いのか。

別に雑誌の編集者を非難したいわけではない。それに自分の誤読かもしれない。「日本の読者に向けた『スポルティーバ』書き下ろしのコラムだよ。国外で暮らすイギリス人が今のイギリスを再訪してみるとこんな風に見えるという只の観察旅行記だよ。皮肉な文章でもなんでもないよ」という事かもしれない。「自虐でも皮肉でもない。経済バブルに踊る母国を正面から批判し、その現状を日本人に教えてくれているだけだ」という事かもしれない。自分にはそれが読み取れない。
上記の文章を読み直してみると「クーパーの文章の意味は何なの?」と「日本人にとって判りにくい内容の文章をそのまま翻訳して雑誌に載せちゃって良いの?」という2つの論点がごっちゃになって読みにくく、まことに申し訳ない。それは置いても、イギリスやらプレミアリーグやらに興味がある人ならば普通に面白く読めるはずなので、買ったまま読み飛ばしている人や、図書館で借りて読める人は是非読んで頂きたい。