- 「10枚以上CDを持っているアーティストを年代順に車の中で聴いていこう」シリーズ第3弾フェイ・ウォンは、ようやくシネポリー時代が終わってEMI時代に突入。最近買ったものもあれば、以前に買って数回聴いたきり放り投げていたものもあるので、馴染み深い曲と印象を揃えるのが難しい。NY留学前の初期から「ラッチャッポー」的な歌い方をしている曲があることからも分かるように、良くも悪くも音楽的な進化とか世界戦略とかそういうのとは無縁で、自分の中にあるものを製作時の気分や思いつきに沿って表現していた人だったのかもしれない。それが時代と合ったり合わなかったりするだけの話。
- テレビが映らない夜は読書をするという生活リズムも悪くないが、やはり前もってスケジュールを決められないのは居心地が良くない。図書館で借りてきた近藤篤氏の『サッカーという名の神様』を読了。ユーモア溢れる素晴らしいエピソードの中に、ユーモアと受け取るには品のない権力への揶揄が混じるのを自分はあまり好まないが、それは多分自分が「批判は理路整然とされるべきだ」という作法に囚われ過ぎなだけで、世の中には「内容如何にかかわらず、権力・権威それ自体が無条件に批判されるものだ」という日刊ゲンダイ的な作法も必要なのかもしれない。余談だが「セルタの中盤選手、南ア代表のベニー・マッカーシーだった」という文章に、思わず「ダウト!」と言いたくなったが、そういえばあの頃のマッカーシーはやや下がり目でゲームを作る方面に開眼していたような記憶もないではない。