パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

『BS世界のドキュメンタリー』「政権交代への72時間〜スペイン列車爆破テロの衝撃(72 horas del 11M al 14M)」  

2005/3/22放送、50分、プロデューサー:ホセ・マヌエル・ロレンソ、構成:マール・アベロン、制作:ドライブ・テレビジョン(スペイン2005年)
公式サイトは多分http://www.telecinco.es/72horas.htmだと思うが、スペイン語なんで読めない。読めないがこのサイトを眺めると、Telecincoというのはスペインでいうところの民放5チャンネルらしく、番組内で5chの映像が多く使われていた理由が分かった。
前半25分くらいは、アスナール政権がテロ後の対応を誤ったせいで選挙に負けたという、日本でもよく知られた話題が続いたので退屈したが、チェーンメール話の辺りから面白くなった。とはいえ、内容そのものは政治・選挙の裏面史を暴くというよりは、メディアの誤報及び勇み足とか与野党記者会見合戦とのメディアの関わり方とか、そういうメディア検証番組の類だと思う。但し、結果的に政府の言いなりになって誤報してしまった国営TVEやエル・パイス紙を目の当たりにして、これ幸いとばかりにライバル民放局或いは個人製作会社が「アヒャヒャヒャ、馬鹿がアスナールに騙されてやんの。何か弁解があれば聞いてやるよ?」と笑い者にしたくて製作しただけの可能性もあるので、この番組だけをみて内容を鵜呑みにしない方が賢明かもしれない。

チェーンメールの話はやや分かりにくかったので、以下に当時のニュース記事を引用しておく。

土曜日、PP本部前で行われた集会を報道せず、予定されていなかった映画を放送したとして、TVEに対し、視聴者から抗議の電話が殺到した。木曜日のテロについての真実を政府に要求して求めて6000人から7000人が集まったこの集会についてはスペイン、外国のチャンネルが生放送で中継したにもかかわらず、TVEは夜9時のニュースで50秒をこのニュースに割いただけだった。
http://www.spainnews.com/news/mar04.html

穿った見方をしなければ、アスナール政権の対応が裏目裏目と出たのは自業自得といえるだろうが、いわゆる日本メディアの「事件の対応をめぐって政府が情報操作を行なったことが国民の反発を招き、事件から2日後の総選挙で野党・社会労働党が8年ぶりに政権を奪回した」(NHKサイトより)という解釈は、やや短絡的かとも思う。もう少し脳味噌使って考えないと、日本も他人事ではない。

番組によれば、スペインの法律ではどうやら総選挙前日は一般人も含めて選挙運動禁止である。また今回のテロ直後には主要政党が揃って選挙当日まで3日間、選挙運動を行わない事で合意していたという。だが実際には、選挙前日に、誰が発信元かも分からない携帯のチェーンメールで「政府はウソを付いている! 国民党本部前に集合!」と〈自然発生的〉なデモが行われ、それがプライムタイムのニュースで生中継された。果たしてデモは行われるべきだったのか、またそれを報道するべきだったのか。国営TVEは「たとえ重要でも法に触れることはダメ」と思ったのかもしれないし、民放放送局は「この出来事はたとえ法に触れてでも選挙前に伝えなければ意味がない」と思ったのかもしれない。
アスナール首相は選挙前に引退を表明していたため、与党PPはマリアノ・ラホイを与党首相候補としてこの選挙を戦った。よってテロに関する状況説明は現首相のアスナール及びアセベス内相が行うが、選挙戦の話題としてのテロ対策に関する記者会見はラホイが行うという捻れが生じた。では、選挙前日の反政府デモは選挙運動の一環だろうか。線引きはどこか。
アスナール首相は人権や自治権の観点から強権的と言われていたものの、経済は好調だし、ETA封じ込めにも大凡成功していたし、よほど政治意識が高い人でなければ「まあ与党続投でいいんじゃない」と思っていたわけで、当然選挙も与党が勝利すると思われていた。ただ国民の9割が反対したイラク派兵を強行した事はずっと国民の中に溜まっていた。争点としては優先順位が低いものの小骨のように刺さっていたものが、テロによって選挙直前に爆発したとも考えられる。これは理性的判断とはいえないものの、人間感情としては考慮されてしかるべき大切なものである事も確か。
テロの数日前、社会労働党は「差は段々縮まりつつある。選挙当日には逆転する見込み」とのコメントを出していた。多分言った本人も信じていない政治的パフォーマンス・発言だと思うが、現実に逆転してしまった。当然テロの影響、デモの影響は相当あったと考えられるが、テロ前に言った事との整合性を考えると、社会労働党は「テロは選挙結果に影響しなかった」と言うしかない。だが本当にそれで良いのか、そんな勝利で良いのか、という疑問はある。非常事態のなか、国民は正しい決断が出来たのだろうか。数週間でも総選挙をずらす、という考えはなかったのだろうか。推論としては、対ETAというスペイン社会の経験から、テロによって選挙日程を変更するという行為自体がテロに屈する事に繋がるので嫌ったとも考えられるが、こういうのは仮にスペインについて深く知るようになったとしても理解出来ないような文化的トラップなので、軽はずみな推測は禁物。

もし、日本で総選挙の3日前に昨年イラク人質事件のような事が起きたとしたら、そして、例えば右側から「人質は自作自演」、左側から「自作自演という情報を流したのは官邸」といったデマとも流言ともつかぬチェーンメールが出回ったとしたら、この事件に影響を受けて選挙運動が終了した土曜日夜8時以降に各々でデモを起こしたら、メディアはどうするのか。事実を確認出来ないタイミングで、選挙結果に重大な影響を与える出来事が起きた場合、どう報道するかを事前に想定しているのか。例えば、こういう書き方は党派的で嫌だが、テレビ朝日系列ならば中立性とか全く気にせず、「首相がデマを流しています」と嬉々として報道しそうではある。だが、今後4年を左右する大イベントを前に、どうしても伝えなければならない情報があったとしたら、放送法や選挙法に鑑みて灰色だとしても、国民に伝えるべきという判断にも一理ある。

噂話伝達ツールとしてのネット&ケータイ、メディアの中立性、脊髄反射的な民主主義等々、考えるになかなか面白いケースだと思う。いつも以上に文章がグダグダになってしまったが、明日6日の午前10時からNHK-BS1で再放送があるので、早急にまとめてみた。興味ある方は是非。