パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

相田洋著『ドキュメンタリー私の現場〜記録と伝達の40年』

NHK出版、2003年)
長くNHKでドキュメンタリー番組のディレクターを務めた相田氏の著作。TVドキュメンタリーの出来を内容の面白さ以外の基準で評価しようと模索している身にはなかなか勉強になった。ただ、若い制作者へ向けたドキュメンタリーの実地的手法解説と、結果として相田氏の体験したNHK放送史とでもいえる部分の折衷になっているのがやや読みづらい。「いつの日か当該箇所をDVDにした映像を報告書の記述と照合しながら見てもらえる時代が来ることを願っている。そんな本があってもよいのではないだろうか」(P.146)だったり、自分の制作した『電子立国』『マネー革命』に関しても「本来ならば本書でも詳述すべきであるが、紙数の関係で割愛せざるを得ない。是非とも本書と併せて読んでいただきたい」(P.337)だったりとえらく自由度が高い。本書のみで成り立たせる気無し。今は休刊になった雑誌『放送文化』(NHK出版)に書いたものを加筆修正したということだが、恐らく編集者(滝沢浩史氏)も「相田先輩、これは貴重な証言ですから形式は気にせず、好きなように書いて貰っていいですよ」という感じで依頼したのではないだろうか。
『はじめに』の部分で「秘境を訪ねる取材班が山道を歩いている時に、行く手の山肌が大崩落し、大量の岩石が雪崩を打って眼前を落ちていった。(以下、ドキュメンタリー取材はどんなに名場面に出合ってもカメラを準備していないと意味がない点で、見たモノを後から生き生きと描写すれば良い文筆業とは違うという話)」(P.4)などと書いているのでムスタン取材班への皮肉を言っているのかと思ったが、終章で「再現映像の是非」や「誇張的表現の是非」について「視聴者の視覚的理解を助けるためにはやむを得ないことが多い」(P.417を意訳)などと甘い基準を掲げているので、前述部分は同情というか「お互い苦労するなあ」くらいの意味かもしれない。『NHK特集』「核戦争後の地球」制作秘話の章では、未来の「想定映像」を作るために南国の木を冬の湖に持ち込み水をまいて凍らせてみたり、電車模型を火薬で爆発させそれを超高速度撮影カメラで撮ってみたりした苦労話が出てくるのだが、正直私の感覚ではドキュメンタリーではない。「やらせ」と非難したいのではなく、分野が違うという意味。もちろん「現場に出て取材をし、テレビ的に良い映像を得る努力をしないと、スタジオに専門家を呼んで解説する安易な番組ばかりになってしまう」という危機感はよく理解出来る。
テレビは映画と違って飽きたらすぐにチャンネルを変えられるという話が何度も出てくる。『ジョーズ』のカット割り分析に1章まるまる費やしているが、スピルバーグを「テレビ出身の監督だそうで、そう思ってあらためて見直すと、テレビ屋の持っている強迫観念、チャンネル死守の根性が映画を作る時にも習性のように息づいていて、私には大変親近感がもてた」(P.201)と評価するのは斬新だ。ただ「テレビはページをめくって前に戻ることができないから常に分かり易く、視聴者の興味をひくように作るべし」という相田氏のアドバイスは録画全盛の現代では当てはまらないかもしれない。話は逸れるが、相田氏の「テレビにはエンターテイメント性が必要」「とはいえ演出で取材した事実を曲げてはダメ」「そのためには取材後の構成・編集こそが肝」という作り方がミミ・レダー監督に似ているのではないかと思った。レダー監督は映画『ピースメーカー』『ディープ・インパクト』を監督する前に『ER』の演出をしていた。単発のエピソードを重ねて視聴者にチャンネルを変えさせない手口に共通の思想を感じる。相田氏が「物語性を大切にするノンフィクション監督」、レダー監督が「リアリズムを大切にするフィクション監督」というイメージ。レダー=ドリームワークス=スピルバーグ、ほら繋がった。
※「『ディープ・インパクト』がリアリズム重視なんて馬鹿馬鹿しい」と思う人が多いだろうけれど、「物語の転がりを重視しつつ、主役級家族を複数設定して厚みを出そうと試み、しかも数分ごとにビックリを仕込んだために人間が薄っぺらくなった」という結果こそ、ドキュメンタリー的リアリズムの信奉者が陥り易い罠。
まず、全ての素材VTRに番号をふって内容の詳細を記した「ラッシュ台帳」と、インタビューVTR素材のポイントを記した「証言台帳」(丸々書き起こしより少しラフなもの)をつくったという。それを一旦分解して部品化し、編集・構成する。素材の手駒を熟知しているのでテレビ放送と同時に単行本化する「メディアミックス」に向いているとも。NHKのドキュメンタリーはどれもこうして制作しているのかと思ったら「だから、私と一緒に仕事をした若いパートナーたちには、そのやり方を手ほどきして、彼がプロジェクトのリーダーになった時には必ず実行するように勧めたが、誰一人として、真似をしてくれる人はいなかった」(P.376)という。後継者、育ってないよ。ただ1年先を見越した大型ドキュメンタリー特集にでもつい数日前までの最新情報を折り込む事が要求されている昨今に、素材集つくるだけで3カ月、その書き起こしに更に数カ月かける時間的余裕はないのも確かだろう。現役ディレクターには同情する。ちなみに私の推測では、この間まで報道部のロンドン支局に在籍しアルカイダやブレアに関するTVドキュメンタリーを再構成した単行本を出している山本浩氏なんかは、インタビューを全部書き起こして要点毎に分解しているタイプだ。今後の活躍に期待している。
若き日の相田氏が参考にしたという『ラジオ番組ハンドブック』(1956年発行、NHKラジオ局編集責任)に掲載されていた「7つの要領」を本書から更に孫引きする。現代のドキュメンタリー評価にも使えるのではないか。

1.番組を構成する録音の長さは最大でも3分を限度とすること。
2.番組を構成する録音の数に配慮すること。
3.録音はたくさんとって、たくさん捨てること。
4.録音とスクリプトのあり方について。
5.番組の緩急をつけること。
6.まず番組の冒頭で主題に飛び込むこと。
7.制作者は主題との間に距離を置くこと。
(P.25)

(4)は「録音は感情的な部分を使用し、スクリプトは理性的に。自己陶酔型は恣意的な態度に疑問を抱き反感すら覚える」という意味らしい。まあNHKの場合、今でも自己陶酔型のナレーションはあまり聞かないので、その点は心配しなくてもよいだろう。同じく若き日に読んで勉強したという『演出研究』(NHK内部の機関誌)なんかも読んでみたいものだ。ドキュメンタリーよりも放送史に惹かれている自分がいる。