パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

BS-hi『ハイビジョンスペシャル〜世紀を刻んだ歌3』「輝く星座(AQUARIUS/LET THE SUNSHINE IN)〜戦火の街に輝いた希望の光」

2003/11/1放送分(初回放送はNHK-BS2・2003/9/28らしい、BS-hiでは2003/10/23らしい)、73分、構成・演出:尾崎竜二、プロデューサー:本間岳史、制作統括:高瀬雅之/小口比菜子、共同制作:えふぶんの壱(本間/高瀬/小口はNHKスタッフ、尾崎はフリーの映像プロデューサー、えふぶんの壱は制作会社、尾崎とえふぶんの壱との繋がりは不明)
出発点として「戦時下のサラエボで『ヘアー』が上演された」という事実に感動した映像作家がいて、その人間が「この感動をどうやったら一般人に伝わるか」と考えながら丹念に集めた資料を過不足なく編集している。オチから遡っていくわけで、「隠された真実を探求する」タイプの、どこへ向かうか分からないドキュメンタリーとは違い、安心して「物語」を味わえる。サイトでは出演と書いてあったジョーン・バエズがまるまるカットされていたが、流れを考えると多分正解。もっといえば、流れからやや外れていたベオグラード編をカットしても良かっただろう。更に云えば、ラストの廃屋前で演奏させる演出は、正直やり過ぎ。どうでもいいが、映像で出てきた『ヘアー』の原作者であるジェームズ・ラド(JAMES RADO)は、見事なまでに「生涯ヒッピーだぜ」な人だった。
普通に良い出来なので、他人の受け売りも含めて少し意地悪い事でも書いておく。包囲戦だと「包囲する側=悪」&「包囲される側=可哀想な民間人=善」と想像されがちだが、実際サラエボにはボスニア政府があり、ボスニア国軍もいた。つまりボスニア軍対ユーゴ連邦軍の戦闘の舞台が市街地だったという事。軍事的な事はよく分からないが、一般に都市をぐるりと包囲すれば、どちらかが内と外を行き来する橋を破壊する戦術をとると思うのだが(攻める側なら兵糧責めにしたい/攻められる側なら侵攻を防ぎたい)、結局最後まで橋は落とされなかった。では何故ユーゴ軍は侵攻しなかった? サラエボ側から丘に向かってどのくらい反撃していた? という疑問はたとえユーゴヲタでなくても当然わくと思うのだが、日本のメディア(←この言い方は好きではないけれど)は「戦争を否定する」のではなく「戦争について語る事」自体を否定する面もあるので、具体的な戦略・戦術は語られぬまま、何となく善悪の印象批評だけが世の中に流通する事になる。
『ヘアー』を演じたサラエボのアーティスト達は戦争を否定し平和を求めたわけだが、これは戦況が圧倒的に劣勢であるからで、もしどこかの国(例えばアメリカ)が「代金は要らないから、あんなユーゴどもの80年代武器なんて蹴散らせる最新鋭90年代兵器を供給してやるぜ。ほら、市民よ、武器をとれ」と言ってきても、つまりほぼ勝利が約束される機会、現状を打破出来る機会を与えられても「我々は勝利を願っているのではなく、平和を願っているのだ」という立場で拒否したであろうか、という仮定。何の意味もない仮定だけど。
この時期のユーゴスラビアを取り上げた本を読めば、92年の戦争開始当時からミロシェヴィッチベオグラードを筆頭に都市部では全然人気なかったが、旧来のシステムを支える農村部で圧倒的な支持を得ていたからこそ、その年の末に行われた大統領選挙に勝利出来た。つまり93年5月21日のベオグラード初演は、所謂進んでいる人達には絶賛された試みではあったけれど、多分その場だけ/その時だけ/その人だけの跳ねっ返りだったのだろうという予測は立つ。難しいのはサラエボで、人口は50万人程度で、共和国首都とはいえ、連邦全体では一地方都市のようでもある。民族共存でリベラルな感じもするが、ベオグラードザグレブと比べて欧州トップモード(C杉山茂樹)の伝播が遅そうな気もする。さて、この試みに集まったサラエボに住むアーティストとはどんな社会的位置だったろうか。仮に東京が包囲された場合、どのタイプか。グレイやスマップなど人気スターorデトコペスケッチショウなどオサレ系orメジャーデビューなどしていないもっと先鋭的なアーティスト集団orもっと土着で幅広い年齢層に親しまれる民謡歌手。「国民的」とか「トップスター」ほど疑う必要のある肩書きはなかなかない。
なんだかんだ言って、90年代のヨーロッパにおいて、最初の銃弾から地下で行われる舞台の初演まで、国内で起こったほとんどのエポックな出来事が国営テレビによって残っているようなインフラも情報インフラも整った場所で、戦争が3年以上も続いてしまった衝撃というのを、改めて感じる。何かが転がり始めると、無力なのか。
余談:ミュージカル『ヘアー』はミロシュ・フォアマン監督で映画化されているらしい。凄く面白そうだ。
セルビア語版「輝く星座」(DAJ NAM SUNCA)の歌詞カードを発見した(http://www.yurope.com/people/sen/The.Book.Of.Home/pesmarica/plavi.orkestar/daj.nam.sunca.txt)。