パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

自分の事

WOWOWから送られてきた来月の番組表を見ながら、『ツインピークス』を全部録画したいと思ったり。
WOWOWユヴェントスマンチェスターU』(2/25放送分)。ユヴェントスの失点が中盤での詰まらないミスなのは確かだが、だからこそモンテーロフェラーラが何とかならんものかとも思う。中盤できっちりプレスがかかり、パスミスもなく、ゲームをコントロール出来ている時はCBなんて身体能力が高いだけで何とかなるもので、「誰かがミスした→2対2の状況を作られた!」時こそ、真価が問われるものでは。ロイ・キーンのCBは無難。この間のエルゲラ退場→マッケCBの時も思ったが、今時中央に電柱FW2本立てているチームなんてほとんどない。2トップでも1人はサイドに開いたり、衛星的な動きをしている。とするならば、ブルース/パリスターのような岩男を2枚並べておくのもナンセンスで、CBの片方は中盤・労働者タイプでも良いような(リベロを置いたドイツ式3バックからCBを1人抜いたような形か?)。そうはいっても、結局ビッグクラブは「高さがあって速さがあってカバーリングが上手くてフィードも出来るCBが欲しいなあ」なんて我がままを言うものだ。
WOWOWドルトムント対レアル』。3年前コラーの事を「でかいバティ」と『カルチョ』の投稿欄に送ってしまった私としては、83分にコラーが放った強引なミドルシュートこそが彼の本領だと言い切りたい。もうポヨーン・ヘディングは見たくない。フラビオ・Cは完全に全盛期を取り戻した。彼がセレソンの右サイドに復帰すれば、カフーの代表寿命が延びる可能性高し。エルゲラのスライディングが必ず一歩遅れるのは何でだろう。大きなサイドバックといえばメッツェルダーファンフランか。そのメッツェルダー、「右SBも右CBも出来る」という話から「ドイツの先輩にレーマーがいる」と続けた柄沢アナとはイメージシンクロしなかった。私はバッベルを思い出したのだが、彼も歴史の彼方のようだ。豚神ロナウドは90分間動き回る事は出来なくても、瞬間のクイックネスは相変わらず神の領域だと個人的には擁護したい。以下にも続く。
『蹴閑ガゼッタ』の社説(コラム)「レアルマドリードに見る戦術へのアンチテーゼ」(http://www.kjps.net/user/football/column/real-anti.html)に先週の『レアル対ドルトムント』に関する分析がある。「レアルのやっているのはモダン・サッカーから外れている」というものだが、それを悪い事のようには表現していないので、個人的には共感した(単に誤読かも)。湯浅タンなんかは「ロナウドが前線でフタをする状態」を手厳しく非難しているが、例えばロナウドの代わりにグティモリエンテスが入り、スペースにボールが動き、流動的な人の動きから攻めるモダン・サッカーが展開されたとして、それは天才達が現代サッカーを高レベルで実現したという今の延長線上にしか過ぎない(それはそれで充分凄いが)。しかし「ロナウドが前線でフタをする状態」なのに、相手にボールを奪われず、相手が疲労して結局勝てるのなら、それも戦術のはず。近現代フットボールの思想は「ボールは汗かかない」「ボールを保持している限り点は取られない」だったはずが、いつの間にか最近は「ボールは相手に持たせて、相手陣地に近いところでプレスをかけてボールを奪ってカウンターの方が効率良いじゃん」って事になってきた。「ボールを奪ってから10秒、3手以内」なんて言葉が当然のように語られるようになった。そうした言葉が定着する頃、既に次のアイディアが誕生しているのは自然。というか「相手がカウンターを狙っているのなら、ボールを永遠に奪われる事なく、トータル90分間で相手をノックダウンさせれば良い」というのは原点回帰とも云える。そんな事が出来る天才揃いのクラブなんてそうそうないのだから、それに挑戦するのは価値ある事。例えばの話、日本代表がフィリピンやグアムと予選を戦う事になった場合、相手が引いてくるならば80分間ボールを奪われずに回し続けて相手がへとへとになったところで1ゴールあげて勝てればそれで良いと思う。怪我もせず予選を通過出来れば何の問題もない。それを「攻撃の形がない」とか「80分間攻めあぐんだ」などと書くのはナンセンス。本戦では格上と戦う事が多いだろうに、格下相手に攻撃の形を練習しても意味はない。自分たちが相手より個人技術で下手ならば、当然「ボールを奪ってから10秒、3手以内」を実践すべきだろうが、それを格下との戦いで練習しても仕方ない。もし今のレアルが技術的にみて「どことやっても格下」ならば(私にその判断は出来ないが)、当然格下相手戦術をとってしかるべき。もちろん不幸にも0対0で終わる事もあるだろうし、ボールを奪われてカウンターで失点するかもしれない。しかしそれは確率の問題で、よりリスクの低い戦術をとって失敗しても、敗戦そのものに責任はあっても、戦術を否定するのとは違うだろう。だから私はトヨタカップのレアルを見て「詰まらないサッカー」という人たちとは理解し合えないだろう。
明け方に書くと、妄想が走る。