パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

自分の事

今週の『週刊サッカーマガジン』内ティベール氏のコラムは、相変わらず大金が絡む近年のサッカーに愚痴を言いつつ、逆に貧乏なクラブの悲惨さを嘆きつつ、今週絶賛するのは、デンマーク&PSVのハインツェ。20年以上も一線で活躍し、国外に出てからも適応し、おまけにビジネス経営者としても成功している。何もかも中の上だってことを誉めているのかどうかもよく分からないし、最近のフットボール狂想曲に巻き込まれてないことを誉めているのかも分からないし、結局ハインツェを紹介したかっただけちゃうんかと。
サッカー批評』内、加藤久氏と佐山一郎氏との対談部分のみ立ち読み。最終的にはトルシエ支持派になった私としては、なかなか良い視点で良い文章を書く佐山氏がアンチ・トルシエなのが残念で、多分個人的に嫌な体験をしているのだろうと推測していたが、大体の謎は解けた。「こちらが丁寧に質問したのに、向こうが勝手にキレた」なっていうのも主観だから、トルシエからすると「100回もその質問には答えたではないか」となるかもしれないし、トルシエは自分がエキセントリックだと認め、その上で「ちょっとおかしいけど、それでもコーチとしての腕は確かだ」という自負を持っているようだし、そもそもトルシエの言動が本気なのか、質問者との知的ゲームを楽しんでいるのかさえ不明な状態では、どっちが正しいなどと言うことは出来ない。ただ、アンチ・トルシエが「あの試合でトルシエはびびっていたから動けなかった」なんて妄想批判をすると、「お前らはトルシエの脳内が分かるのか。ピッチ上の現象だけで批評しろ」とトルシエ信者はいう。その理屈からすると、例えトルシエ氏が優れた心理マネージメントの持ち主だとして、全ての言動・行動に理論付けがあったとしても、ピッチ上だけを見て「例え代表をワールドカップ優勝に導いたとしても、公衆の前で選手を怒鳴ったり、こづいたりする指導者を認めることは出来ない」という立場もありだと思う。オサレで知的な雑誌編集者である佐山氏は、多分ヨーロッパから来る指導者にすごく期待していたのだと思う。理路整然と最新流行のサッカーを教授し、なおかつガキが多い日本のサッカー選手を人間としても成長させてくれるような知的な指導者を。それが「勝手に好きになった上に、勝手に裏切られたことで、憎さ100倍」な感じがする。