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竹中平蔵・大竹文雄『経済学は役に立ちますか?』

経済学は役に立ちますか?

経済学は役に立ちますか?

 

そもそもはツイッターで坂井先生のツイートを読んで気になり、手に取った。

https://twitter.com/toyotaka_sakai/status/1002007880684290049

読了してみると、さきほどのツイートはややミスリードかなと思った。確かに一読して「奨学金を一律に給付型にすることには賛成できない」というタイトルの節だけは、坂井先生が書くとおり、大竹先生が竹中先生を「人間の一生は一本線だから、企業みたいに多角経営してリスク管理ポートフォリオはできませんよ」とたしなめているけど、他は割と意気投合している。もちろん私が経済学のことを分かっていなくて、大竹先生一流の皮肉や諧謔が読めてないだけかもしれないけど、そもそも竹中先生と大竹先生の考え方は親和性あるよね。

竹中先生(1951年生まれ)は70年代にフリードマンマネタリズムに衝撃を受けてサプライサイドの経済学を専門にしました。大竹先生(1961年生まれ)は机上の労働経済学を地道にやっていましたが、合理的な選択をする個人を想定した新古典派経済学が労働者の分析にはしっくりこないと悩んでいたときに行動経済学に出会いました。そんな2人。

私も行動経済学進化心理学に親和的な人間だという自覚はあるので、いかに底辺労働者の身であろうとも竹中先生的な考えを正直あまり否定できない。というか、いろいろ著書を読めば読むほど竹中先生が好きになっていく予感。

 

竹中 2009年に誕生した民主党連立政権に社民党が入った段階で、終身雇用・年功序列こそが正しい働き方であるということを前提に作られた制度による雇用期限が、2018年までにすべて完了するからです。契約社員派遣社員はよくないと決めつけて、契約社員派遣社員)として同じ会社に3年間あるいは5年間勤めたら正社員、つまり無期雇用にしなければならないというようなルールができたのですが、その期限が2018年なのです。 (中略)終身雇用・年功序列こそが正しい働き方であるという歪んだ発想のもとに間違った規制を行ったために、例えば契約社員のままでずっと働きたいとか派遣社員のままで働きたいという人が辞めさせられてしまうということが起こりうる。無理な規制の矛盾は、これからたくさん出てくると思います。

竹中 ポピュリズムで大変なことになるというのは、日本では2009年の民主党政権誕生で経験済みです。それがよくわかったので、いま社会が安定しているという言い方もできなくはありません。 p.205

この辺はすごいよね。終身雇用・年功序列とそれを後押しする労組や労組に後押しされた革新政党を破壊することへの確固たる信念を感じるところよね。経済学云々以前の本人のイデオロギーだと強く感じるところでもある。坂井先生のツイートをよく読み直すと第3章に限定しているのか。それなら納得。逆にいうと第1章第2章辺りは意気投合した2人の掛け合いが楽しめるはず。

「ポリシーボードは国民全体のためにどういう政策がいいかを議論する場」という節で、なんで政策委員会に経団連や労組の代表が入っているんだ、そういうのは参考人としてヒアリングすればいいだけじゃん、委員に入れたら業界の利益を主張するに決まってるじゃん、という話はごもっともなんだけど、その流れで、

大竹 極端な話、ある委員会が開かれる直前に厚生労働省のビルの前で行われたデモの先頭に立っていた人が、 デモで演説をした後、そのまま委員会に委員として参加することもあります。p.35

大竹 それは感じています。「労働紛争解決システム検討会」の委員にも労働側の人たちがいて、委員会の直前に厚生労働省の前でアジ演説されていました。p.151

これ、同じ話よね。なんで同じことを2回も言った。よほど腹に据えかねていたのか。読んだときは母熊先生への当てこすりかと推測したが、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の報告書を眺めた限りでは参集者名簿にいなかった。名簿を睨んだ限りでは、日本労働弁護団の徳住堅治弁護士辺りか。

そもそも本書の成り立ちがはじめににもあとがきにも書いてなかったんだけど、何かの雑誌の3~4回やった座談会をまとめたものなのかとか、この語り下ろし単行本のために集まって集中的に喋ったのかもよくわからないので、なんで同じことを2回も言った?

「反競争的教育によって助け合い精神は希薄になる 」という節で、

大竹 例えば、運動会の徒競走で順位をつけないとか(中略)当時の日教組は、生まれ持った素質や能力はみな同じであり、成績が悪い子がいたとしたら、 それは教育環境が悪かっただけだという思想で、順位をつけないということになったのでしょうが、予想外に「だから助け合わなくていい」ということになってしまった。

これはちょっと大竹先生大丈夫かな。徒競走で順位をつけないってエビデンスあるの。実は都市伝説という話では。それが日教組の影響だったとなるとさらにエビデンスが必要では。もちろんこれも本書の他の章と同様に「人間はそれぞれ得意なものは違うから、お互いに「これはあんたが1番、あれは私が1番」と認めあった方が助け合うようになるよ」という心理学のエビデンスを使った行動経済学の説明が発端なんだけど、挙げた例がやや微妙。

以上、つまみぐいではあるけれど、大竹先生の「可哀そうな人に可哀そうな物語で同情を集めて変な運動するより、心理学的な手当てで具体的に助けた方がwin-winじゃん」みたいな思想が垣間見えるはず。

どうでもいい余談なんだけど、「オーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)で生まれたシュンペーター」(p.234)がすごく気になった。チェコでかくね?「オーストリア=ハンガリー帝国モラヴィア地方(現在のチェコ)で生まれたシュンペーター」の方がよくね?と思ったんだけども、ウィキペディアシュンペーターの項を見たら「オーストリア・ハンガリー帝国(後のチェコモラヴィア生まれ」となっていた。うーん、どうやら編集者がウィキペディアを見て赤文字を入れたのかね。