パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

『チャヴ 弱者を敵視する社会』

本書はブレイディみかこ先生が反緊縮の文脈で紹介したので、日本では間違った受容のされ方をしているような感触がある。しかしブレイディ先生が猛プッシュしなければ、おそらく日本語に翻訳されることもなかっただろうから痛し痒しなところではある。

※自分が読み終わった後、ネットで様々な感想を探したが、そのなかでは白波瀬達也先生の感想が我が意を得たりだった。さすが社会学者(読んだのはTumblrの短文だけだが、地方紙に載った書評も読みたい)。

要するにイギリス版ラストベルトの話。著者の主張その1は「そのむかし、階級は上下ではなく、単に区別だった。ところがサッチャーとブレアが『労働者階級は恥ずべきものであり、みんな中産階級を目指すべきだ』と喧伝した結果、労働者階級は本当に恥ずべきものとみなされるようになり、チャヴとの蔑称をいただくようになった」という現状把握で、主張その2は「ブレア率いるニューレーバーによって労働者階級の信頼を失った労働党を再生させるにはどうすべきか。こうすべきである」という未来への処方箋である。

昨今のチャヴ・ヘイトの雰囲気のなかで、新聞社にいる階級闘争の闘士たちは、ついに堂々と、破廉恥なほど大っぴらに、労働者階級の悪口を言えるようになったのだ。あいつらは愚かで怠惰、人種差別主義者で性的にだらしなく、不潔で、服の趣味が悪く、要するに、イギリスの労働者階級から価値のあるものは何も出てこない、と。p.149 

要するに、これらは有害な政策の詰め合わせなのだ。安定した仕事のない人が多数出て、快適に暮らせない低賃金で働き、貧困率は西欧諸国でも突出して高くなり、何百万人もの人が手頃な住宅に住めなくなる。イギリスでも最貧の労働者階級コミュニティでは、こうした危機が身近に感じられるようになった。そこに、みじめさと欲求不満と絶望が加われば、ほかの社会問題が起きたとしてもなんの不思議もない。p.261 

このあたりが、主張その1の現状把握。

国家レベルでは、ふたりとも政治家をまったく信用していないが、地元の労働党議員たちへの信頼は篤い。一方、BNPの印象は、まったくの不適格だった。「彼らは何もしないの。話をしようとしても、ぜんぜんつかまらない。あれでよく労働党は何もしないなんて言えるわね……労働党なら連絡がとれるし、話も聞いてくれて、問題を解決してくれる。でもBNPはだめ!」p.291 

BNP(英国国民党)はセレブ化した労働党に失望した労働者階級を取り込み始めた極右。結局、ポピュリズムに対抗するには地道な御用聞きしかないんだよという話。

人々が(ときには1年以内に)転職することが増えたいま、進歩的な運動は、コミュニティにも基盤を確保しなければならない。それはまさにBNPが、屈折した方法ではあるが実行してきたことだ。すなわち、みずからコミュニティ政治に身を投じるのだ。反社会的行為に取り組むための地元の慈善バザーから、ごみ拾いや、手頃な住宅を増やす活動に至るまで、BNPはさまざまなレベルで成功を収め、存在感を定着させようと努力している。p.320 

前述の引用箇所とは矛盾しているようにも思えるが、まあそれはそれ。ちなみにこの本が出た後、BNPはUKIPにとって代わられたみたい。

20世紀の変わり目のころ、労働組合の使命は、比較的恵まれた熟練労働者層から手を広げ、多くは未加入の非熟練労働者を組合員にすることだった。これを「新労働組合主義」という。労働組合運動に未来があるとすれば、とくに新しいサービス業の労働者階級の組織化に注力する、この新労働組合主義が必要だ。p.328 

製造業従事者が減り、労働組合加入者も減り、代わって組織化されていないサービス業従事者を取り込もうというまっとうな指摘。

われわれは、社会のあり方について、明確なビジョンを持たなければならない。キャメロン政権時代の大半において、左派の立場は「反緊縮財政」、要するに防御的な姿勢だった。しかし、世の多くの人は、「緊縮財政」と言われてもよくわからない。再生可能エネルギー開発とハイテク産業育成、安定した熟練職の創出、公的投資銀行による経済調整、経済の民主化、公平な税制、労働組合による昇給と生産性向上の実現―こうした一貫性のある産業戦略になんとしても取り組んで、多くの国民に、わかりやすいことばで説明する必要がある。 

原著の初版は2011年、再版が2012年、これは2016年に出た再再版の付け足し。この時点で著者は政策として反緊縮を掲げても庶民には伝わらないことを理解している。さすが日本の反緊縮派の数年先を行っている。というか『チャヴ』を読んでいるはずなのに、ほんと反緊縮ばっか言っている人、誰? ほんとに!

ストックポートで育った。p.181

母はサルフォード大学の講師で、父はシェフィールド議会の経済再生担当の職員だった。p.221 

著者は1984年生まれの中産階級育ち。初等教育段階では貧しい労働者階級とも机を並べ、親も良心的な人達。正直いえば、若い著者が炭鉱労働者を中心にしたコミュニティに幻想を抱き過ぎで、そのコミュニティを破壊したサッチャリズムを憎悪し過ぎという印象は拭えない。国内の製造業を壊滅させたお陰で職場と紐づけされていたコミュニティも壊滅したけれど、製造業が海外に移転するのを防げたかといえば誰が首相でもなかなか時代の流れには逆らえなかったのではないか。仕事も職場もなくなったけれど、地域助け合いコミュニティは維持するのが政治の仕事だと言われれば、その通りだけど。私のサッチャリズムの理解がおかしいのかもしれない。製造業の海外移転が先にあるのではなく、サッチャーの「中間団体なんてない。国家と個人があるだけ」という思想が先にあって、炭鉱閉鎖なんかはその結果に過ぎないと。うん、よく分からん。

著者の説明を読んでいると、炭鉱・港湾労働者やフォード工場労働者のような正規雇用労働者がバリバリ稼いで、職場と住居が近接してて、労働外でもみんな助け合ってて、という職場を中心にしたコミュニティって、意外と20世紀日本の会社主義と似ている感じはある。

そして当然ジェンダーの視点がないと言われそう。著者は文中で「アイデンティティ政治が必要ないとは言ってない」「80年代の父権強そうなコミュニティをそのまま復活させるとは言ってない」と再三予防線を張ってはいるけど、まあ攻撃を防ぐために言ってみただけ感は拭えない。

ただ著者は「チャヴ」と世間に叩かれる例として10代で妊娠して公共住宅に住んでいるシングルマザーをけっこう挙げるんよね。これが「私は大黒柱的男性の心配だけでなく21世紀の女性のあり方にも目を配っていますよ」アピールなのか、英国では全身ナイキ男よりも10代シングルマザーの方が世間の攻撃がひどいのか、その辺のお国柄はよく分からない。

 

以下、中ネタ

 

「映画、テレビ、本、そしてネットで描かれる「労働者」たち」p.137~は面白い。特にリアリティ番組に出た労働者階級女性の話が悲しい。リベラルな人が悪態をつくときは相手の能力を攻撃するんだけど(話し方を学べ、補習教育を受けろ)、労働者階級が悪態をつく場合は見た目や人種を攻撃してしまうんよね。サカヲタ的には森脇vsレオ・シルバ事件を思い出す。言ってることはバカなだけで差別のつもりはないはずだけど…というやつ。

ただ、

有名シェフのジェイミー・オリヴァーは、イギリスの学校給食のメニューに健康的な食べ物を出す改善活動で称賛されたが、下流階級の人々がものを食べるときのうるさい音に悪印象を抱いたらしい。チャンネル4の彼のテレビ番組のなかで、家族そろって食事をとらない親たちを指して、「われわれが『白人のクズ』と呼ぶようになった人たち」と言った。そのくせ彼のシリーズ番組『ジェイミー・オリヴァーの給食革命!』は、貧しい公営住宅に住み、乏しいお金をやりくりして子供たちに食事を出そうと奮闘する母親に焦点を当てている。pp.142-143 

うーん、このパートに関しては、正直いちゃもんにみえる。「そのくせ~」以降の行動の方が大事だし、汚い食べ方に嫌悪感を持つくらい許してやれよ。というか、著者の資質的には政治家やジャーナリスト、メディア関係者が放送や新聞で言ったことを字面通り受け取って正面から批判することは得意だが、番組内容や表現の仕方を批判する際はメディア論や表彰文化論のプロではないはずなので、けっこう手つきが怪しくて注意が必要。

もちろん独創的で才気にあふれているけど、批判者からつっこまれないよう論理的に隙の無い守りに入った文章を書くつもりはサラサラないぜ!という風に捉えても可。

 

以下、小ネタ。

 

読む前は噂に聞く「チャヴ」の紹介だというので、読後は目撃ドキュンや2ちゃんやヘキサゴンやマイルドヤンキーの話をしてやるぜと意気込んでいたのだが、読んでみるとそういう話ではなかったのでそういう話ができなくてちょっとがっかりしたのは内緒。

 

些細なことでも罰則を適用でき、個人の行動をさまざまな手段で制限するこの法律は、外出を禁じたり、罵詈雑言をやめさせたりすることも可能だ。p.120 

反社会的行為禁止命令(ASBO)は、日本の反ヘイトスピーチ規制法に似ている。立法当初の目的から外れて、警察権力の使いやすいように使われるこの感じ。

 

大手雇用主の代表組織〈英国産業連盟(CBI)〉は(ビジネスの形―来る10年)という文書で、労働市場の崩壊はビジネス新時代の触媒だと主張し、労働力のさらなる「柔軟性」を要求した。p.190 

経団連かよ。どこの国も考えることは似ている。ゼロ時間契約こわすぎ。

 

「高学歴なのに比較的レベルも収入も低い仕事につく人の数は、増えるばかりかもしれない」と社会学者ジョン・ゴールドソープは語る。ある保守党のベテラン議員は彼に、「就職できない知識人層が過激な行動を起こす」のが心配だと話したらしい。p.222 

ほんと日本と同じ。

 

ブリアーズに、移民は意図的な「賃金政策」だったのかと訊いてみた。「いいえ、意図的な社会政策の道具ではなかったと思います。それはちがう。その種の効果はいくらかあったでしょうが、政府の人間が部屋に集まって、『はっは、移民を何百万人も受け入れて、労働者階級の貧乏人を苦しめてやれ!』と言うわけがない。労働党政府は、そんなことはしないと思う」p.298 

悪気はなかったけど、結果的にそうなってしまったという話。しかし『はっは、移民を何百万人も受け入れて、労働者階級の貧乏人を苦しめてやれ!』、麻生先生なら部屋に集まって悪気なく本当に言いそう。

 

ジョナサン・ローズは、大部の著作(イギリス労働者階級の知的生活)のなかで、オンライン学究サイト〈MLA国際文献目録〉を1991年から2000年まで検索した結果を発表した。それによると「女性」が13820件、「ジェンダー」が4539件、「人種」が1862件、「ポストコロニアル」が710件、「労働者階級」はたったの136件だった。p.316 

左派が階級政治からアイデンティティ政治へ路線を転換した結果、貧乏白人が見捨てられて「迫害されている白人」というアイデンティティを自称するようになる。それをきいた女性や民族マイノリティや性的マイノリティが「お前のはアイデンティティじゃない」と叩く。これまた世界中どこでも同じ。

 

たびたび出てくる「政治歴史家」p.199という訳が何を意味しているのかよく分からん。政治史を研究する歴史家? 政治に首をつっこみたがる歴史家?

 

まだ良心を失っていない労働党左派の例としてクレア・ショートがよく出てくる。仲が良いのか。2011年の初版時に生きていたらロビン・クックも出てきそうと思ったが、思想的に近いけど人間的に気が合わないとか、逆に保守党議員だけど話が合うとか、政治家とジャーナリストにはそういう関係があるかもしれない。

 

大衆のあいだで真相が議論されるようになったのは、1996年にジミー・マクガバンの脚本で受賞したドキュメンタリードラマなどが世に出てからだった。p.89 

ヒルズボロの悲劇pp.87-89の話。私がヒルズボロの悲劇を知ったのもジミー・マクガバン脚本の『心理探偵フィッツ』「孤独な男」(本国放送1994年)だったわけだが、あの時点では「サッカー場で暴れた労働者階級のバーカ」という世評を覆す告発的なドラマだったのか。知らなかったし、当然気づかなかった。こういう自分が社会的動物になる前の出来事だと、通説を覆す衝撃の真相を普通に通説と受け取っちゃうことあるよね。

 

こんなもんか。ほんと面白いから、ロスジェネ安楽椅子リベラルの人はみんな読もう。 

チャヴ 弱者を敵視する社会

チャヴ 弱者を敵視する社会