パロップのブログ

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上川龍之進『日本銀行と政治 金融政策決定の軌跡』と鯨岡仁『日銀と政治 暗闘の20年史』

上川龍之進『日本銀行と政治 金融政策決定の軌跡』(中公新書、以下「上川2014」)と、鯨岡仁『日銀と政治 暗闘の20年史』(朝日新聞出版、以下「鯨岡2017」)を読み比べてみた。同じ時代の同じテーマを扱った本なのにネットで比較している人がいなかったので、書き残しておこう。 

日銀と政治 暗闘の20年史

日銀と政治 暗闘の20年史

 

  

日本銀行と政治-金融政策決定の軌跡 (中公新書)

日本銀行と政治-金融政策決定の軌跡 (中公新書)

 

 私は巷で評判の鯨岡2017を読んだ後、類書の存在に気づいて上川2014を読んだわけだが、上川2014を読んだ後でふと疑問に思った事があって鯨岡2017に戻った。鯨岡2017の巻末に載っている詳細な参考文献リストに上川2014がないんよね。ほとんど同じ分野の先行著作を挙げてないのは解せないと普通は思うところだが、今回に関しては解せる理由がある。

上川といえば、最新刊の『電力と政治』でも本書と同じように新聞の引用で通史を書いて、朝日新聞の記者に切れられていた。

【上川龍之進著『電力と政治ー日本の原子力政策 全史』】について(2018.5.15作成)

https://togetter.com/li/1227602

f:id:palop:20180717233427j:plain

新聞記者が切れているのをみて、学者様は「こいつ、何を文句言っているんだ、新聞屋は引用の要件も知らないのかよ」とバカにしていたが、いくら引用の要件を守っているからといってこんな風に事実関係をそのまま使われたら、新聞記者なら良い気はしないだろう。たとえば1930年代の昭和恐慌について当時の新聞記事を参考にしたとかならともかく、2000年代の出来事でこれをされるとなおさら。

おそらく鯨岡も上川2014を読んでムカッときただろう。それどころかむしろ上川2014を読んだことが鯨岡2017の執筆の動機なのではないかと思う。「俺の記事を丸写しして通史を書いているくせに、その事実関係が微妙に間違っているから読んでてイライラする」と。そして参考文献リストでは敢えてスルー。「そもそも元ネタ俺じゃん」。

上川2014では、はしがきでちゃんと目的を掲げてくれるのがいい。さすが学者。

本書は、一九九八年の日本銀行法改正以降の金融政策決定を軌跡を追うことで、日本銀行と政府・与党間の影響力関係を解明する。(中略)この分析を通じて、日本銀行はなぜ追いつめられたのか(中略)という問いに答える。そのうえで中央銀行と政治は、いかなる関係にあるべきか、中央銀行の金融政策は、どうあるべきなのかを考察することが、本書の主たる目的である。p.vi

これから日本銀行の本来あるべき姿がいかに政治によって捻じ曲げられたかを描写していくぞという宣言。

そして「終章 日本銀行はなぜ追いつめられたのか」でちゃんと考察してくれる。筆者が事実関係を離れて政治的な自分の意見をちゃんと述べているところも好感が持てる。

筆者は、日本銀行が政府・与党の言いなりになることは、短期的にはともかく、中長期的に見た場合、危険性が大きいと考えている。pp.273-274

アベノミクスについては野心的な実験と評する向きがある。筆者は、現実社会では実験的な政策はできうる限り行うべきではなく、大きな副作用をもたらす可能性のある、新しい政策の導入に際しては、検討を重ねたうえで、くれぐれも慎重に行わなければならないと考える。p.276

 それから政治学者のジョン・W・キングダンが提唱した「政策の窓モデル」(「修正ゴミ缶モデル」)p.259は勉強になった。本文ほとんどマルパクリでも終章はさすが政治学者様だから読んで損はない。

ただ、①現実社会で実験的な政策を行うべきではない、②日本銀行が政府・与党の言いなりになるべきではない、③アベノミクスのような間違った政策を行うべきではない、のうち筆者がどこに力点を置いているのかはちょっとよく分からない。というか本文を読むと、

速水は自らの信念通りに政策運営を行おうとした。政界からの不当な要求に対し、理論的には正しい政策判断を行ってきたつもりであった。p.146

福井は「経済理論としては正論でも国民に理解されない政策」ではなく、「筋は通っていないが国民の支持を得られる政策」をとることで、失墜した組織の評判を回復させようとしたのである。p.147

リフレ論者の認識は甘過ぎたと言わざるを得ない。

リフレ論者は、世界金融危機発生後、自らの認識の甘さを棚上げして、日本銀行への攻撃を強めた。

リフレ論者は、グリーンスパンを称賛した過去に頬かぶりして自らの議論には責任を負わなかった。

日本銀行はリフレ論者に広報戦で敗れてしまったのである。p.193

衆参両院の予算委員会では、FRBがイギリスのようなインフレ目標を設定したと認識した(日本銀行からすれば「誤解した」)与野党の議員が、「FRBと同様に、日本銀行インフレ目標を設定すべきだ」と白川に迫る場面が繰り返された。pp.222-223

 まあ、明らかにアベノミクスは間違っていると思っていて、日銀は正しかったと思ってて、でも政治学者としてそれをストレートに言いたくないから日銀と政府・与党の関係論に落とし込んでいるように読める。もっとも、金融政策の是非を判断せずに中央銀行と政治がいかなる関係にあるべきかを論ずるのは難しいのもわかる。

鯨岡2017、こちらのまえがきは、

日銀の政策決定プロセスについては、日銀の金融政策決定会合の議論だけを見るのではなく、「金融政策」「国内政治・政局」「通貨外交」を三位一体で描くことを目指した。政治家や官僚、さらには外国の政府や中央銀行の首脳の言動にまで広げて、関係者の証言を集め、事実を淡々と記録するように心がけた。p.3

そしてあとがき

本書の目的は、特定の政策を称賛あるいは断罪したり、是非を問うたりすることではない。政策が誰の手により提唱され、どのような力学で決められ、実行されていったのかを克明に記録することである。p.415

 たとえ今があるべき姿ではないとしても、そのまま記述しようじゃないかという現状追認ではある。新聞記者が現実をありのまま見ようじゃないかといい、学者が理想はこうあるべきだという。本来は逆なのかなと思わなくもないが、そうでもないか。

そもそも「経済理論としては正論」はあるのか。正しい金融政策はあるのか。リーマンショックのような事件があって世界全面株安になった時、日本だけ株安にならなかったとして、それは「正しい金融政策をやった日銀グッジョブ」なのか。いやいや、世界と運命をともにしようよ。協調政策をとろうよ。そういう話ではないか。財政ファイナンスは反則?もちろん。だが、米国もEUも日本経済がよくなるなら大目に見てくれるさ。円安誘導は反則?もちろん。だが、米国もEUも必要性はわかってくれるさ。そのかわり、米国やEUが困っているときは日本も自国の利益ばかり考えないで協調介入してくれよな。そういう話ではないのか。その辺の持ちつ持たれつを含めての日銀の役割ではないのか。だから、上川2014がいう政府・与党の言いなりにならない理想の日銀というのがいまいちピンとこなくて、「金融政策」「国内政治・政局」「通貨外交」を三位一体で描く鯨岡2017に肩入れしたくなる。

まあ、金融のことはわからないけど。

それから「事前報道ルール」の説明とか「政府高官」クレジット発言の説明とかはやはり学者より記者の方が上手いよね。

後は細かいネタを。

山本は言った。「自民党内でリフレ派と言えば、私や中川秀直先生だ。だが、残念ながら、我々はあまり人望がない。仲間を増やすために、人気のある人を取り込もうと思う」p.216

 山本幸三氏の発言。こういうのを読むと、政治家を好きになっちゃうよね。キャラクターが立って愛着がわいてくるというか。

甘利は白川から「とっても生真面目で、人柄の良い方だ」という印象を受けた反面、「『市場を動かしていこう』という迫力はないな」と感じていた。(中略)「米国のFRBの歴代議長のような、もっと良い意味で、ワルになってもらわないといけません。『デフレ脱却は絶対にできる』という顔をしてもらわないと困ります」と声をかけた。pp.280-281

 密談を見てきたように語るのは、実際甘利氏とサシでインタビューとかしてるのだろう。見てきたように会話を再現するのは学者様には禁じ手だから読み物としては不利になる。

民主党の支持母体である全国の造船や機械、自動車などの労組や中小企業をまわると、「この円高をなんとかしてくれ」という声であふれていた。日本企業の競争力は大きく低下し、日本経済は壊滅しかねないという悲鳴だった。民主党の地方組織からは、「このままでは選挙を闘えない」という悲痛な声が上がっていた。p.250

これが2012年9~10月の頃。前原経済財務相が偉かった頃。私はこういうの全然知らなかったから民主党政権はひどかった論があまりピンとこない。前原氏が政治的に終わったことで、井手英策先生も一緒にお払い箱になってしまったのか、そういえば。

余談だが、文中で経済財政相、金融相、財務相経済産業相と出てきて訳がわからんかった。検索して、経済財政相は昔の経済企画庁長官、大蔵省から財務省に変わるとき財務と金融が分離されて財務相と金融相が生まれたと分かった。財務と金融が分離したのに日銀の監督官庁財務省かよ、ますますわからん、みたいな。

政治家を生き生きと描いた鯨岡2017を補足するものとして、清水功哉『デフレ最終戦争 黒田日銀 異次元緩和の光と影』(日本経済新聞出版社)は日銀内部を生き生きと描いていて面白かった。総裁会見のライブ中継開始や議事要旨公表変更の舞台裏とか日経の記者はさすがに上手い事説明するなあと思った。

デフレ最終戦争 ―黒田日銀 異次元緩和の光と影

デフレ最終戦争 ―黒田日銀 異次元緩和の光と影