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パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

横手慎二『スターリン』

 

スターリン - 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

スターリン - 「非道の独裁者」の実像 (中公新書)

 

 感想を書こうと思ったけど、紙屋高雪氏の書評http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20140925/1411613748 が私の考えていた方向性(ベンチャー起業家スターリン)で且つはるかに内容があるので、まずはこっちを読んでもらえれば事足りる。そこに無さそうな事を脈絡もなく書こう。

副題に「「非道の独裁者」の実像」とあるように、著者がしたいのは通説を疑う事。なので、そもそも(私のように)あまり通説を知らないと読んでもあまりインパクトはない。通説とは「スターリンソ連の最高指導者として数多の非人道的な行いをしたのは、彼が生まれつき冷酷な人間だからだ。平凡な才能のくせに猜疑心や劣等感が強いという彼個人のパーソナリティによるものだ」みたいな事。著者はこれを二重に否定する。(1)彼の前半生を追って、生まれつき冷酷でもなければ、頭が悪かったわけでもない。(2)最高指導者になってから行った非人道的行為を細かくみれば、時代の要請だったり彼じゃなくても同じ事になっていただろう事が多い。

(2)は一般的によく知られた事件や政策を細かく吟味していく作業だから、正直あまり面白くない。(1)はよく知らない若き革命家の冒険譚だから読み物として面白い。通説を覆そうとする著者の試みが成功しているかどうかは、まあ通説をよく知らないから正直分からない。

スターリンがどんな奴として描かれているか、というか私にはどんな風に読めたか。具体的な問題や困難が発生するとそれを解決するために抜群の処理能力をみせるけど、権力を手にしてフリーハンドで政策を描けるシーンになると大間違いをやらかす。って書くと、豊臣秀吉ぽいな。

細かい事。

p.57に載っている若き日の肖像写真をみると「ああ、ツベイバやカハ・カラーゼのようなグルジア顔だな」って思うんだけど、偉くなってからの肖像をみるとグルジアぽさがあまり感じられない。流刑生活で顔つきが変わったとか、モスクワ暮らしが顔つきを変えたとかじゃなくて、単に偉くなってからの写真には何らかの修整を加えたものしか公式に出回ってないだけかもしれない。

昭和初期に駐日全権代表(大使)として活躍するトロヤノフスキー

p.88

知らない人その1。ロシア語版Wikipediaはあった。Трояновский, Александр Антонович。後はドイツ語版しかない。寺山恭輔「駐日ソ連全権代表トロヤノフスキーと1932年の日ソ関係」という論文にはウィーンのエピソードが書いてあった。

内部人民委員部極東地方本部長リュシコフ…満洲国に逃亡した。…その後リュシコフは、1945年に非業の死を遂げるまで日本の対ソ情報戦に関与した。

p.209

知らない人その2。ゲンリフ・リュシコフは日本語版Wikipediaがあった。それを読むと、満洲国で行方不明になった後の事はよく分かっていないみたいだが「非業の死を遂げる」と言い切る新史料が見つかったのだろうか。

当時ソ連随一の経済学者とみなされていたユーゲン・ヴァルガ(1903~57。ハンガリー人の共産主義者)

p.250

知らない人その3。日本語版Wikipediaだとハンガリー語由来のイェネー・ヴァルガ。マルクス主義経済学翻訳業界での通り名はロシア語読みのエヴゲニー・ヴァルガみたい。確かに英語版WikipediaをみるとEugen Vargaなんだけど、この場合英語読みを採用したのはよく分からない。

蛇足。

ロシア革命史に出てくるなかで、レーニン、スターリントロツキーのようなインパクトあるメンバーと比較して、ジノビエフカーメネフブハーリンの陰の薄さというか雑魚キャラ感はなんなんだろうと思う。本当に雑魚なら仕方ないけど、一応ソ連や党のナンバー2とかナンバー3とかだった人じゃん。と思ったところで、でもこの人達、革命前は精々100人とか500人のレベルで集まる非合法党大会で議論したりアジ文練ったりした事があるだけで、何万人の官僚組織とか何千万人の国民を率いた経験なんてないのに、いきなり帝政システムの一番上(皇帝一家)だけ取り換えて、トップに座ったからして、本当に雑魚メンだったような気がしてきた。

というかね、何万何十万の官僚・軍隊を相手に数百人単位で革命運動していた頃、「帝政を倒すぞ!」なんてのはどのくらい本気で信じていたのかなあと。皇帝1人くらいは暗殺出来ても帝政システム自体は揺らぎもしないじゃん。うーん、でも「よーし、帝政を倒して社会主義革命に向けて頑張るぞ!」と「どうせ帝政なんて倒せっこないよ」は矛盾するようだけど、1人の人間のなかで両立するのも理解できる。無理なのは分かっているけど、それはそれとして全力を出して努力は怠らない感じ。

どうせ倒れっこないと思っていたものを倒す事が出来てしまって、「あれ?これから俺達は何千万人の命を預かる事になっちゃったの?えー!」ってなったそれなりに頭の良い凡人だったろうジノビエフカーメネフの心情に寄り添いながら、この辺りの関係書籍をまた読み進めていきたい。他を読んだらまた印象も変わるだろうし。