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パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

TVドキュメンタリーにおける肩書テロップ

ドキュメンタリー

たとえば60年安保のドキュメンタリーを作る時、当時の中曽根康弘氏の史料映像を流す際に「元首相」という肩書テロップを入れたら、事実として間違いではないがこのテーマこの映像へ付けるには相応しくないと感じるだろう。個人的には「改憲派衆議院議員(当時)」辺りが妥当なところかと。だが、2012年現在の中曽根氏に60年安保当時の回想をインタビューしたものだったらどうか。「元首相」で良いかもしれない。「大勲位」はちょっと馬鹿にしている感じもする。逆に「改憲派衆議院議員(当時)」はおかしいだろう。では、1985年の中曽根氏に60年安保の事を尋ねた映像だったら?「首相(当時)」こそ妥当だろう。かようにドキュメンタリーにおいて史料映像に付ける肩書テロップは、視聴者の知識レベルにも左右されるし難しい。

2011年11月6日に放送された『BS世界のドキュメンタリー』「ギリシャ財政破綻への処方箋〜監査に立ち上がる市民たち」(原題:Debtocracy)を見て、アトさんとツイッターでこんな感想のやり取りをした。

palop13a: 11/6放送BSドキュ「ギリシャ財政破綻への処方箋」を見た。原題のdebtocracyは債務+政治なのか、さすがギリシア風。出て来る経済学者やら活動家の立ち位置がわかんないけど、左派論客を集めたプロパガンダ色も濃い。紹介された各国エピソードが面白かったから良し。

atosann: @palop13a "左翼活動家"という肩書の、でも品のいいおじいさん(?)が不思議でした。テロップがニュアンスを掬い間違ってるんですかね。

palop13a: @atosann 逆に考えましょう。"左翼活動家"という言葉から何をイメージするか、視聴者が試されているのです!というのは冗談ですが、TVドキュメンタリーにおける視聴者の知識レベル想定・設定というのは、ドキュ批評において結構重要なポイントだと考えています。

多少気になることもあったのでその後の再放送を録画して、登場した人物の肩書テロップをメモしてみた。英字はウィキペディア英語版にある肩書、“”内は番組での主な発言。

C.ラパヴィツァス(ロンドン大学経済学教授)economist“すべての債務を持続的に返済しようとすれば、医療・教育・輸送などに支障がでます。そうなれば債務の返済も不可能になるでしょう”
D.ハーヴェイ(社会科学者)geographer and social theorist
S.アミン(エコノミスト)economist“支払う義務は誰にもありません。金融市場の腐敗のせいで生じた債務ですからね”
S.ヴァーゲンクネヒト(ドイツ左翼党副党首)
G.デュメニル(エコノミスト)economist
M.グレゾス(ギリシャ左翼活動家)member of the Greek Resistance and left-wing politician“私たちは従順さを捨てなくてはなりません。自らをIMFから解放するのです。欧州中央銀行から、EUから解放するのです。この三者がギリシャを経済の奴隷にしようとしているからです”
N.カナキス(世界の医療団ギリシャ支部長)
A.バディウ(哲学者)philosopher
E.トゥーサン(第三世界債務廃絶委員会)“不道徳な債務を返済するのは、不道徳なことです”
H.アリアス(エクアドル監査委員会委員長)president of the debt analysis committee of Ecuador
J.キャトルメ(仏リベラシオン紙記者)

おおよそは読んで字の如くな肩書だが、その中で気になるのは例えば“S.ヴァーゲンクネヒト(ドイツ左翼党副党首)”。これは、ドイツ左翼党が社会民主党左派と旧東ドイツ政権党の後継政党である民主社会党を中心に結成されたドイツの野党で、ギリシアに対するしばき上げ政策で知られる与党&メルケル首相と対立してて、ヴァーゲンクネヒト氏は1969年生まれの東独育ちで生粋の社会主義者で尊敬する人はウーゴ・チャベス、という予備知識あっての肩書ではないだろうか。そりゃあEUの経済政策を批判するわな。事実よりニュアンス重視で視聴者に伝わる肩書を考えるなら「ドイツ野党幹部orドイツ左翼政党指導者」辺りだろうか。
ツイートで話題になったのは「ギリシャ左翼活動家」のM.グレゾス。番組内での映像は以下な感じ。

確かに“品のいいおじいさん”。本に囲まれた研究室で過ごす大学の先生のような。この爺さんマノリス・グレゾスManolis Glezosは英語版ウィキペディアにも項目がある有名人。そこでの肩書はa Greek left wing politician and writer, worldwide known especially for his participation in the World War II resistance。1922年に生まれ、1941年にナチスがギリシアを占領したときにナチスの旗を引き摺り下ろす英雄的レジスタンスの若者でデビューし、戦後は軍事政権に抵抗する共産主義政党の国会議員として死刑になったりハンストしたりで知られ、1974年の民主化以後は左翼政党の国会議員として知られ、全ての時代を通じて左派系新聞のジャーナリストとして知られる。国内では知らぬ者のいないローカルヒーローだが、国外だとどう位置付けて良いか分からないタイプの有名人が文脈抜きで唐突に出て来る国内視聴者向けに作られた秀作ドキュメンタリーを海外の放送局が買い付けた時に生じる問題を全て含んだような人物だ。可能性は2つある。一つはNHKの翻訳版制作者がギリシア原版の制作者に尋ねたりしてグレゾスについて把握した上で、そもそもグレゾスみたいな人が日本にはいないから「日本人でいうなら誰々みたいな感じ」というイメージの伝達が難しく、仕方なく「ギリシャ左翼活動家」という曖昧さで逃げた。もう一つは視聴者に分かり易く「ギリシャ左翼活動家」にしたのではなく、あまり把握してないけど原版にあった肩書をそのまま適当に日本語へ訳してみた。前者か後者か、或いはその両方ともあってこうしたイメージを喚起しない肩書テロップになってしまったのだろうかと推測する。
そもそもにおいて、このドキュメンタリーはギリシアの左派が国内市民向けのプロパガンダとして制作したものだから、その文脈を共有していない他国民が見ても理解し難いのは当然。NHK公式には” 市民から寄付を募り、約85万円という低予算で制作”と書いてあるが、自分達と意見を同じくする学者や関係者にインタビューしてまとめるのだから、そりゃあ低予算で作れるのも当然。個人的にはジュビリー2000とかに共感を持ってたし、莫大な債務が国民の為に使われずIMFや多国籍企業や国内の腐敗した政治家を潤すだけだったのだからそんなもん破棄してやるぜ!という気持ちは理解できるけど、やはり「Debtocracy」のウィキペディアをみると経済学的には批判もあるみたい。「チェルノブイリの事故でベラルーシは死の国」とか「貿易センタービルが崩壊したのはテロのせいじゃない」とかと同様、エビデンスがなくて業界の主流派には無視されてても、隠された真実を主張する“専門家”なんて探せば何人かは必ず見つかるし、彼らをかき集めればドキュメンタリーだって作れる。という本来はNHKが放送して良いのかも微妙なトンデモ・キワモノだったかもしれないのに、その後のギリシア政治情勢を見ていると、起きている現実を理解するのにうまく補助線を引いてくれる作品になっていて、放送したNHKグッジョブ、という皮肉。事実はプロパガンダよりも奇なり。

ギリシャ総選挙で第2党に躍進し、国内外を驚かせた急進左翼進歩連合。選挙戦終盤のアテネでの集会で、数千人の聴衆の前にまず立ったのは、アインシュタインのような、ぼさぼさの白髪頭のおじいさんだった。
 地元の記者に聞くと、マノリス・グレゾスさん(89)だという。ドイツに占領された第2次大戦時、アクロポリスに翻るナチス旗を闇夜に引きずりおろし、抵抗運動のきっかけになったそうだ。「そんな古い人が?」と驚くと「今も国民的な英雄だ」という。
 「今こそみんなで権力をつかむ時だ」。グレゾスさんの熱い演説に会場は沸いた。
2012年5月10日付朝日新聞デジタル「〈特派員メモ〉アテネ 小さな国の誇り」より
http://digital.asahi.com/articles/TKY201205090651.html

論旨がまとまらなくてお蔵入りする予定だったネタけど、新聞記事にグレゾス氏が載っていた今こそアップしてみよう。でも朝日新聞の武闘派で扇動者な感じのグレゾス氏と番組内での知的な爺さんグレゾス氏はやっぱりうまく繋がらないよね。というか、朝日新聞の書き方だとWW2頃に活躍した老人の意見を大切にする流石ヨーロッパ文化の伝統、これに比べて日本は…というニュアンスにも読めるけど、これはグレゾス爺さんが戦後も一貫して政党政治のど真ん中で活躍してきて今も現役って事を無視しているよね。