パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

モーニング娘。コンサートツアー2010秋

2010/10/24、福岡サンパレス・昼
これまで何度も書いてきたように亀井さんの歌声フェチなので、最後のステージくらいは聴いておこうと2006年秋以来の娘。コンサートに行ってきた。
娘。のマイナー曲については『SEXY 8 BEAT』までで時が止まっていたので事前にセットリストをチェックし、パターンAにもB にもあって全然知らなくてコンサート的に重要そうな『涙ッチ』『大きい瞳』の2曲をユーチューブで予習した。
残念ながらこの日の昼はもっとも楽しみにしていた亀井ソロの『恋ING』を含むセットリストパターンAではなかったが、パターンBの『晴れ雨のちスキ』でも充分歌声を楽しめたことを申し添えておく。

せっかく現場に足を運んだのだから、たとえ豆粒にしか見えなかろうとバックのモニターよりは実物を見るぞ! というのがこれまでの自分の観戦スタイルだったが、少し前にフランスの放送局による「娘ライブのモニターに映す映像をリアルタイムで撮っているカメラマンは凄い腕前だぜ」という企画を見たお陰で、あれはDVDなんかには収録されない一期一会の貴重な映像だと認識出来たので、今回見辛い箇所は遠慮なくモニターを眺めて楽しんだ。
モニターには歌詞が出る曲と出ない曲があって、たとえば『女が目立ってなぜイケナイ』のような最近のシングル曲では出なくて、『ラヴ&ピィ〜ス!』のような昔のカップリング曲では出るのだけど、俺が知っている/知らないとは見事に間逆でちょっと面白かった。
基本コンサート中ずっとカラオケ(バックトラック)が爆音なのはまあ良しとするし、自分自身も声は楽器の一部、歌詞の意味にはそれほど重きをおかない人間だが、『私の魅力に気付かない鈍感な人』みたく歌詞を聴かせるタイプの曲は声が聴き取り易いようにカラオケの音量を落としてもよいかなと思った。
『晴れ雨のちスキ』は正直少し泣いた。歌詞を大切に丁寧に歌うあの感じにあてられた。
『大きい瞳』を最初に聴いた時は、てらにゃらしい80年代安っぽいロックだなあとがっかりしたのだけれど、じゃあ6期3人に合うタイプの曲ってどんなのよ? と問われると、これが正解かなあという感じの曲。その昔、古参ヲタからは「初期の娘。はロックボーカリストになりたいという目標をもってグループをやっているけど、4期以降は娘。になるのが目標だったから云々…」と批判されたものだが、6期の3人は娘。に加入することで己を発見し、成長して羽ばたくというある種の後期モー娘の理想を体現してくれたと思う。パロディギリギリの「アイドル歌手・田中れいな」を演じ切れる(というか田中れいな以外を演じられない)れいな、すごく事前の準備を積んで頭脳的に「道重さゆみ」になってバラエティに挑むさゆ、2人ともソロで活動していたら自分が何者か気付かなかっただろう。常に同年代の同じ職業の人間といることで差異(キャラ)を生みだす必要に迫られる。キャラっていうのは嘘・作りではなく、自分の中にあるものの誇張・拡大だから。そんな2人に囲まれていたからこそ逆に「亀井絵里」の気配を消して誰かになり切って演じて入り込める亀井さんになった。ああ、亀井さんは薬師丸さんや原田さんのような歌手兼女優になれる才能があると思ってたから、卒業するのがとてもさみしい。
『夕暮れ作戦会議』のガキさんは安倍さんリスペクトもここに極まれり、なのかな。加入して3年くらいのガキさんといえば、ファンクな声の持ち主。三浦大地がいた頃のFolderなんかカバーしたら合いそうだ、なんてネタで盛り上がったものだが、そういう黒さは薄れて普通のガールポップ歌手に。
『友』の振り付け、体重を左右に預けて揺れる動作をするなか、他のみんなは足裏を地面に着けたままなんだけど、亀井さんだけ片足ずつ振り付けというよりはダンスのように高く上げていて、何か鬼気迫るものがあった。終盤も終盤、アンコール前ラストの曲なのに。PV『愛あらば〜』の間奏ダンス、ハロプロテキストサイト界隈の話題は、ついに覚醒した辻ちゃんのダイナミックな動きだったけど、陰に隠れて亀井さんのダンスも通には受けてた。高橋さん同様子供の頃にレッスンを受けた人のダンスだと。あのパワフル且つ滑らかな間奏を思い出した。
『涙ッチ』の歌詞「終わったこと引きずらないで/だけど反省は大切さ/失敗いかし次は成功するのさ」は、いかにもてらにゃっぽくて良いね。『シャボン玉』は『世界にひとつだけの〜』に対するつんくボーイの回答だと思っているけど、「あなたはそのままで良い」「物事に間違いなんかない」みたいな温い世界観の歌詞が氾濫している現代に「反省して成功しろ」「一番になれ」と投げかける大阪商人の末裔は貴重な存在。
最近、モ板でもよく見るAKBさんとの抗争の中で「向こうは素人芸、こっちは本物だ」みたいな対立軸を作りたいファンがいるみたいなのを残念に思っている。娘。には「演技が棒」だの「オーディションの頃から痛めたのどが治らない」だの言われながら愛された先輩がいるわけで、クオリティ自慢をしたり、上手い下手を競ったりし始めると、結局自分たちに跳ね返ってきて、余白を楽しめなくなるよ、そう思っていたが、疾走感溢れるコンサートを見ると、良い意味で石川さんの無駄に全力力がちゃんと受け継がれている。そう感じた。

全体的な事をいえば、凄く楽しんだ。観客2000人規模の会場で、ノリノリ系の曲を並べて爆音で流し、踊って騒いでもらうコンサートとして一つの完成形だと思う。他に比較対象のない形態の興行。確か4年前のコンサートだと、まだ昔の名前に釣られた一般人や地方人におもねって『ラブマ』『ダンスサイト』のメドレーがリストに載ってて、それがリズムを悪くしているように思ったが、もう完全に吹っ切れてて今いるファンを楽しませることに特化している。代表曲を切った上で『強気で行こうぜ!』や『ラヴ&ピィ〜ス!』のような過去の遺産の中からコンサートのコンセプトに合った曲を発掘してくるのも素晴らしい。失礼ながらアップフロントって、こんな適材適所が出来る所だったっけ? フリートークも上手くなっているし(オチまでの流れはある程度メンバーで事前の打ち合わせはしているみたいなリズムと間だったけど、毎回中身が違うのは重要というか、メンバー自身で打ち合わせて練ることが重要)。大人気だった頃は台本通りの小芝居や変なミニゲームが挟まれ、カントリーやココナッツが帯同し、派生ユニットでリストを埋め、本体の曲はシングル曲が中心でカップリングは聴いたこともない。おまけに広い会場で目当ては豆粒、というところから新規の客をがっかりさせてリピーターに出来なかった。毎公演来る常連ヲタも「どうせ音はカラオケだし、内容も毎回同じだし」と後方の空席でヲタ芸するようになったみたいだし。そんな旧来の悪癖は全て消えた。ああ、改善されて理想のコンサートをやっている今、なのになぜ俺はこのグループのファンじゃないんだろう。『女に幸あれ』『リゾナントブルー』『泣いちゃうかも』『しょうがない夢追い人』『なんちゃって恋愛』辺りのどの順番で発売されたかも覚えられない辛気臭いシングル曲が続いたことで気を配らなくなったから、というのはまあ言い訳か。吉澤さんが卒業して確かに一区切りについたなあというのもあったし、純粋に俺の財政が苦しくなったのもあるし、複合的な要因。良いものだから好きになるということでもないし、理屈じゃないんだけど、ほんと申し訳ない。

2007年春に『SEXY 8 BEAT』が出た時にこんなことを書いた。

今後のスタイルの個人的な希望としては、カメガキ光井辺りを軸にした〈ダサい/柔らかい/面白い〉方向に進んで欲しいけど、『シャニムニ〜』や『Beポジティブ!』(或いは7.5thの『シャイニーG』)なんかを聞くと、田中久住ラインの〈元気/軽い/かっこいい〉方向になるのだろう。多分そっちに甘い蜜は落ちていないし、『セクボ』方向にしか新しいスタイルは存在しないと思うのだが、この『セクボ』がまた楽曲ヲタにはけちょんけちょんに叩かれているし。また『ラブ&ピース』なんかは自分も好きな曲ではあれど、今のモー娘が全盛期のモー娘を自己模倣しても仕方ないし、アーティストならば誰もやっていない方向へ踏み出して、派手に転んだっていいんじゃないか。
http://d.hatena.ne.jp/palop/20070427#p1

結局あれから娘。は〈ダサい/柔らかい/面白い〉方向には向かわなくて(それはベリエに割り振られたのか?)、アイドル興行界隈ではおそらく誰もやっていない〈辛気臭い/重い/かっこいい〉路線へ踏み出し、それはそれでコンサート向きなグループとして正解だったろうと思う。それを踏まえた上でファイナルコンサートは、サプライズゲストに藤本さんでも呼んで『レモン色とミルクティ』とか『シャニムニ〜』(カメいないけど)とか『Beポジティブ!』とか歌って、最後にちょっとコミカルで柔らかい亀井さん@モーニング娘。を出して欲しいなあ。