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パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

川良浩和『闘うドキュメンタリー』

ドキュメンタリー

本の話をする前に、たまにはホットな話題についていこうと『Nスペ』の台湾ネタに関する感想でも書いておく。一応番組をリアルタイムで見て「揉めるだろうなあ」とは思ったが、エンドクレジットはメモしていない。ひとつ言い訳しておくと、抗議している側が台湾で取材したユーチューブの映像とかは見ていないので、あくまで当事者抜きのドキュメンタリー論ということで御勘弁を。ちゃんとした論考はそのうち『創』辺りに書く人がいるだろう。
論点その1は歴史観:私は台湾史の専門家ではないので判断出来ない。代わりに日頃から信頼している台湾文学を専門にしている人がブログで「75分という限られた時間にしては、踏まえるべき点をきっちり押さえた番組に仕上がっていた」と書いていたので、それを信じることにする。ある出来事を最新の歴史学説がどう位置付けているかと、出来事の当事者がどう感じているかは別問題。
論点その2は編集権と期待権:「わざわざ時間をとって取材に答えてやったんだから、俺の意図を汲んだ放送にしろ」という期待権と「俺の番組なんだから俺の描いた台本に沿ってコメントを摘んで何が悪い」という編集権の対立は、『ETV特集』の2001年以降ずっとNHKを揺るがし続けているわけだが、そもそも「ドキュメンタリーは万民が納得する客観性を維持しないといけない」派と「そもそも映像作品っていうのは全て制作者の主観なんだよ」派の間に深い溝があるので、両者は同じ土俵に載ることすら恐らく不可能。放送法絡みの中立とは何かをめぐっても不毛な議論になるだろう。
論点その3は公開討論会:何度も書いたことがあるけど米国の公共放送PBSが制作したドキュメンタリー番組のサイトには、未放送のインタビュー映像やそのスクリプト、教材として利用する上での教師向けの読本などが上がっているし、視聴者からのメールによる質問と制作者の回答、或いは初回放送後すぐに行われた視聴者と制作者とのチャットログもある。特定の団体との公開討論会に応じるべきかどうかは難しいところだが、とりあえずPBS程度の情報公開はやれ。
余談:NHKは2007年5月に『ETV特集』「東京を創った男 後藤新平〜その思想と戦略」という後藤氏の台湾統治を大絶賛した番組を作っている。他人から信頼されるには、気に入らない番組を作った時だけ文句を言って「中共の手先だ!」と陰謀論を煽るのではなく、気に入る番組を作った時は素直に誉めるという是々非々の態度が重要だと思うのだが、残念ながらネットやブログはケチをつけるのに向いているメディアだから難しい。
余談の余談:今日関連シリーズの第2回を見てエンドクレジットに聞いたことのない組織「共同制作:NHKグローバルメディアサービス」があったが、それは2009年4月に誕生したNHK情報ネットワークの後継組織だった。NHKさんは関連会社の組織替えが好き。

ここから本題。

闘うドキュメンタリー―テレビが再び輝くために

闘うドキュメンタリー―テレビが再び輝くために

著者は「NHKが作るドキュメンタリーに主観なんてあるわけがない」と考えているタイプのNHKディレクター。事実を丹念に積み重ねていけば、誰がディレクターをやっても同じような真実にぶつかるだろうと。
本書によると、執筆の動機はNHKの不祥事で、テレビが戻るべき原点とは何かをを考えた結果「テレビはジャーナリズムであると宣言することだ」という結論に達したその自問自答のプロセスを書籍にしたものということだが、別段体系的なドキュメンタリー論とかテレビ論があるわけではなく、自身が制作してきた番組の制作過程を明かすことでそれを説明しようとしている。中で出てくるキムヒョンヒのインタビュー秘話や安保条約改定交渉の話とか制作現場のエピソードは個別に面白いけど、それはエピソードが面白いだけで論が面白いというわけではない。なのでTVドキュメンタリーウォッチャー必読というものではない。

安保改定当時、グリーン氏はアジアの安全保障担当で、台湾海峡の問題と取り組んでいたと話した。(中略)彼は台湾海峡危機担当マネージャーで、24時間、ダレス国務長官と緊密に連携しながら事態に対処していたと言う。
(pp.244-245)

結局グリーン氏は、国防省内のアジア安全保障担当の一業務として台湾問題にも取り組んだのか国防省内の台湾海峡危機担当マネージャーだったのか、よく読み取れない文章だ。

2006年(平成18年)、私は『世界百名山』の編集を担当したスタッフの案内でネパールへ向かった。小澤良美さんは、編集で何度も見たエベレストの光を見たいとネパールへ行くようになり、毎年行くほど夢中になっていた。
(p.303)

分かりにくい。俺なら

2006年(平成18年)、私は『世界百名山』の編集を担当した小澤良美さんの案内でネパールへ向かった。小澤さんは、編集で何度も見たエベレストの光を見たいと〜

こう書く。

さあ、いよいよフィナーレは、韓国と結ぶコーナーに突入していく。私たちが16時間生放送の準備を進めている2002年(平成14年)5月31日に開催したサッカーワールドカップは、日韓共同開催で行われ、決勝に進出した韓国を日本のファンが応援し、その姿を見た韓国の人々は感激した。
(p.368)

「開催した」ではなく「開幕した」だろうとか、決勝には進出していないだろうとか、校正チェックが甘過ぎる。
別に「東大出のくせに文章が下手過ぎだ」とか「このレベルで『Nスペ』のスクリプトやテロップを書いていたなんて信じられない」とあげつらっているのではない。仮にもNHK出版から出す書籍が校正漏れだらけで大丈夫なのかと本気で心配している。NHKの不祥事がニュースになっていた2005年秋に書くことを決心したということは番組制作の合間に3年以上もかけて書き溜めたのだろうと思うのだが、緊急出版する類いのものではないのに何故こんなに杜撰な作りなのか。NHK出版の編集者からすれば『Nスペ』のディレクターなんて畏れ多い大人物なのかもしれないが(社内の権力関係なんて知らないけど)、だからといってその偉い人に「これ出版したいんだけど」と原稿を持ち込まれて「いやあ、素晴らしい原稿ですね。直す所なんてありませんよ」とアカも入れずにそのまま出版するなんて編集者としてどうなん? と言いたいだけ。
またキムヒョンヒとの対面について、

あの事件から8年目、私がかつての「蜂谷真由美」が、懺悔の日々を送る中で、死と生と絶望のはざまをさまよった末、ようやく辿りついた穏やかな表情で私の前に座り、少しなまりはあるが優しく控えめに話す姿は、一昔前の日本の女性のような気がした。
(p.135)

と書く時、文中からにじみ出る「一昔前の日本の女性」に対する肯定的な表現からも分かる通り、他にも川良氏が団塊メンタリティ溢れる人だという印象を受けた箇所がいくつかあった。ここで云う“団塊メンタリティ”とは、そもそも自分達の世代が破壊した古い慣習を後日勝手に懐かしみ出し、おまけに古い慣習を大切にしないと言って若い世代を罵倒する心情を云う。こういうメンタリティを持った人が、

私が20年にわたって関わった世に社会派といわれる長編ドキュメンタリーは、過去から未来へと流れる時間を、箱詰めする作業だったと今は思う。猛烈なスピードでどんどん流れていく時を、ただ切り取っても、時の動きにすぎない。番組を掘り下げ長編を作っていくテーマは、今を描かなければならないというテレビの強迫観念から逃走するような地平で、出会うことが多かった。時間のものさしを、今からぐっと広げて現在を過去から連続したものとして見ることで、今の出来事が、現在進行中の同時代史となり、歴史の記録となる。今を描くのではなく、今に響けばいいのだ。
(pp.67-68)

という信念で、下手に歴史系ドキュメンタリーを作るのは少し怖い。先に引用した文章からは、凄い番組を作る人が別に深い洞察力や歴史観を持っていたわけではなく割と無邪気で、単に情報処理能力に長けていただけだったという印象を受けた。こういう人はむしろ近視眼的に事象を扱ってくれた方がよいものを作りそうな気がする。
少し厳しい書き方になったけど「NHKの名ディレクターがこの内容は寂しいよ」という気持ちを伝えたかった。