パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

イラク戦争関連

『Nスペ』「兵士はどう戦わされてきたか」2008/9/14初回放送、60分、資料提供:浅井邦彦/玉田裕一 他、取材協力:清水寛/森茂紀/田村都志夫/鈴木正徳/孫明淑/山本貴志子 他、撮影:日昔吉邦/岡野崇、リサーチャー:宮智麻里/岩本善政、コーディネーター:野口修司/柳原緑、取材:窪田啓一郎/谷口僚平、ディレクター:宮本康宏/酒井裕、制作統括:塩田純/東野真、制作:NHKエデュケーショナル、制作・著作:NHK
被取材者は、アンドリュー・ライト、クレイ・ネアリー(23)、ジョン・ハーシュ(23)の3人が中心。特にハーシュ氏のいくら飲んでも酔えない感じが印象に残る。これにWW1からの歴史を概観する部分あり。
「交戦規定書」は、「政府としてはちゃんと教育しているのだから、それでも民間人を誤って撃ったなら、それは撃った人間個人の責任だ」という免罪符にしたいだけで、最近流行りの誤った自己責任論の際たるもの。
PTSDと倫理は関係があるのか。「倫理に反した行為をしてしまった」という罪悪感が引き起こすのか、それとも倫理は関係なく悲惨な光景そのものがPTSDを引き起こすのか、気になるところ。以下、連想した話を2つ(80〜90年代に読んだ話だから現在は事情も違うだろうが)。カンボジアではクルマに乗っているのは金持ちや政府要人だけだから、整備された幹線道路を走る時は全速力らしく、その道路に出て来てはねられたらノコノコ出て来た方が悪いという。でも、相手が悪いからと心の中で合理化出来たとしても、実際に道路で民間人をはねて殺したら罪悪感とかないだろうか。ブラジルでは、いわゆる人権派と呼ばれるカテゴリーの弁護士とかでも、ホームレスチルドレンを嫌っていて、子供が物乞いに飛び出して来てはねたら「俺のクルマに何するんだ、このガキども!」みたいな態度をとって一緒に乗っていた日本人がびっくりしたという話。この場合、ホームレスの子供を人間以下と見なしていたら罪悪感もわかないからPTSDにはならないのか。
BS1『BSドキュメンタリー』「戦火の肖像〜イラク帰還兵 消えぬ記憶」2008/11/9初回放送、50分、撮影:岡野崇、コーディネーター:野口修司/柳原緑、取材:東野真、ディレクター:酒井裕、制作統括:下田大樹/山元浩昭、制作:NHKエデュケーショナル、制作・著作:NHK
放送前の仮タイトルは「戦火の肖像〜写真が見たイラク帰還兵」から「戦火の肖像〜写真が見たイラク帰還兵 戦場の記憶」。フォトジャーナリストのルシアン・リード(33)と海兵隊のジェレマイア・ワークマン軍曹(24)が軸。というか狂言回し。実際は『Nスペ』版に出て来たライト、ネアリー、ハーシュの3氏が主役。『Nスペ』版から歴史概観部分を取り除いて、ワークマン軍曹の話を足した作り。リード氏はファルージャ作戦に参加したキーロ中隊200人の肖像写真を撮った人で、3氏もキーロ中隊。先にリード氏の肖像写真活動に注目して取材を始めたら、その過程でPTSDになった帰還兵ネタを発見したという流れだろうか。
『Nスペ』版をみながら「ライト氏はコリアン系かなあ」と思いつつ番組内で言及はなかったが、『BSドキュメンタリー』版では「韓国系アメリカ人」と言ってくれたので胸のつかえがとれた。まあ民族名なんて個人の資質とは何の関係ないから触れる必要のない情報といえばそうだけど、何か気になった。ライト氏が撃ち殺した杖を持った男性の遺体を撮った写真(リード氏撮影)がBSでは流れた。やはり血溜まりの鮮烈な赤は、地上波だと放送自粛だろうか。
NHKは「キーロ中隊」(Kilo Company)と訳していたが、検索すると「キロ中隊」の方が多い。もっと言うと、本当はただの「K部隊」で良いらしいと、軍事用語説明サイトに書いてあった。『ドレミの歌』と同じで「KはKiloのK♪」感覚の語呂で単語が付けられているだけとのこと。

『Nスペ』「ママはイラクへ行った」2008/9/15初回放送、50分、コーディネーター:山田功次郎、撮影:廣田昌也、ディレクター:高倉基也、制作統括:馬場広大、制作・著作:NHK
被取材者は、現役の軍隊生活を見せてくれたジュリア・ケリー特務曹長と、退役しているPTSD発症者であるケリー・クリスチャンセン(35)、マーシー・メットカルフ(26)、アシュレイ・プレン(24)。
BS1『BSドキュメンタリー』「壊れゆく家族〜イラクから帰った女性兵士」2008/9/21初回放送、50分、コーディネーター:山田功次郎、撮影:廣田昌也、ディレクター:高倉基也/吉田宏徳、制作統括:馬場広大、制作・著作:NHK
取材は2008年5月下旬と7月と番組中で言っていた。日時を特定する情報を明示してくれるのは資料的に有り難い。被取材者は、ケリー・クリスチャンセン(35)、マーシー・メットカルフ(26)、アシュレイ・プレン(24)の3人。『Nスペ』版では冒頭1分くらいに登場して主要な登場人物かと思わせたまま、(恐らく時間の制約で端折られたのだろう)その後出てこなかったアシュレイさんに5分程の時間が割かれ、どういう経歴の人なのか、少し分かって良かった。
少し気になったのは、ケリーさんへのインタビューの中で、『Nスペ』版では、

戦争に行ったのが良いか悪いか、それは答えたくありません。(ナレーションが入って)もしイラクに行かなければ、娘たちとの関係はどうなっていたでしょう。子どもたちとの日常を取り戻すこと、それだけが私の願いです。

と訳されていた箇所が、『BSドキュメンタリー』版では、

この戦争が本当に正しかったのか、私にはわかりません。ただ、娘たちとの日常を取り戻したい、それが私の願いです。

という字幕になっていた。最初のセンテンス、原語で何と言っているかが分かるほどにヒアリングは出来ないが、どちらかは意訳というか超訳だろう。

BS1『BSドキュメンタリー』「自爆テロが止まらない〜パキスタンイスラム原理主義」2008/7/6再放送(初回放送は多分4/29)、50分、撮影:高橋慎二、取材:川畑耕平、ディレクター:吉岡攻、プロデューサー:星野敏子、制作統括:三浦尚/東野真、共同制作:NHKエデュケーショナル、制作・著作:NHK/オルタスジャパン
2008/2/9放送のBS1『BS特集』「ブット暗殺の謎〜15日間の記録」、2/25放送の『Nスペ』「混迷パキスタン〜崩れたアメリカのシナリオ」に続くパキスタン3部作のラスト。番組中「選挙中の今年2月に取材に訪れた」と言っていたから、その後に追加取材したもの(吉岡ディレクターのブログにもそうある)。番組の作りとしては、うーん、こんな番組をわざわざ見ている物好きなら、これまでのパキスタン史の流れは大体頭に入っているだろうから、もう少しパシュトゥン人の日常風景とか州政府の役割とか、これまであまりスポットが当たってこなかった部分を長くして欲しかった。
「北部辺境州」って、アフガン国境付近を漠然と示す通称かと思っていたが、州名だったのか。勉強になった。
イスラム法を最上位に置く政治を目指すイスラム聖職者協会(JUI)の台頭は1980年代のこと、テロをも辞さない過激派は9.11以後、という解釈で良いのだろうか。
JUIのファズル・ラフマン総裁、マドニ・イスラム神学校のファヤーズ・ラーマン校長、同じくマドニのサラジュ・ウル・ディン教授らのインタビュー有り。

BS1『BSドキュメンタリー』「微笑と虐待〜証言・アブグレイブ刑務所虐待事件」2008/10/5初回放送、50分、撮影:南幸男、取材:亀川芳樹、ディレクター:吉岡攻、制作統括:坂元信介/若宮敏彦/星野敏子、制作:NHK情報ネットワーク、制作著作:NHK/オルタスジャパン
2008/11/17に『Nスペ』「微笑と虐待〜証言 アブグレイブ刑務所事件」という同じ内容のものが放送されたらしいが見逃した。
第372憲兵中隊のリンディ・イングランド元上等兵(メディアから“虐待の女王”と命名される)、同じくジョセフ・ダービー元兵長(告発者)、第800憲兵旅団司令官のジャニス・カーピンスキー准将(アブグレイブの責任者)の3人にインタビュー。制作者は写真の中の“笑顔”にこだわっているみたいだけど、個人的にはそこに深い意味を見い出さなくて良いのではないかと思った。後になって「写真の中の空気を説明しろ」と言われても出来ないことって、誰にでも経験があると思う。