パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

J2『サガン鳥栖対ベガルタ仙台』

2008/11/30、ベストアメニティスタジアム

サンフウォッチャーとしては「縁起の悪い『共闘』を掲げるなんて止めれば良いのに。それともヒサトは仙台でも“共に闘おう”とか言ってたのだろうか」と思って検索すると、どうやら高桑が残した言葉らしい。

前日まで行こうかどうしようか迷っていたが、朝起きたら天気が良かったので出掛けることにした。博多駅までチャリを漕いでいる時は暑くて「厚着してきたのは失敗だったか」と思ったが、スタジアム内は寒かった。
JR博多鳥栖間の風景は、岡山でいうところの鴨方笠岡付近のような田舎だった。もう少し岡山倉敷間のような栄え方をしているのかと想像していた。
バクスタの上階から見たので評価は下階で見た時まで保留するべきだろうが、確かにベアスタは見易いけど思ったより臨場感が足りなかった。レベスタの方が好きかも。
良いサッカーをしていたのは仙台の方。或いはともに組織的な良いサッカーをしつつ、個々の能力で少しずつ仙台の方が上回っていたというべきか。藤田の分だけ鳥栖に点が入ったというべきか。藤田はゴールの為のアイディアが豊富なので、見ていて楽しい選手。飯尾はマークとカバーリングの両方に優れていたので、広島に欲しい人材(ストの控えだけど)に映った。足元の技術は活かすシーンがあまりなかったので分からないが、ミシャ式練習をしていれば自然と上手くなるだろう。
鳥栖の3点目は藤田がオフサイド気味で、最後の縦パスを横から見ていた仙台のベンチが抗議しているところに、場内モニターでゴールシーンが再現され、それを見た仙台のベンチが「それ見たことか!」とヒートアップしていた。怪しいゴールのリプレーは場内で流さないのも知恵だと思った。
仙台は菅井よりも関口よりも平瀬がキレキレだった。左右に流れても良し、中央でターゲットになっても良し。
注目していたフナタニーニョだが、意外と大きな展開を作るパスは無く、むしろ底で短いパスを交換出来るポジションをとっていたかと思うと、前線まで走り出してボールを呼び込むけど出てこないタイプのプレーヤーだった。意外と走れるけど、悪い時の青山みたいな短いパスのミスも多いし、攻撃のアクセントとしてもポゼッションの要としても力不足か。
割と思い入れがあるシバコも少しだけど見れたので満足。
後日談だが、ゴールを決めた内間選手は笛の教え子だという記事を読んだ。懐かしい。バクスター門下生の優秀指導者率の高さは異常。

ファジアーノが昇格。2005年にファジアーノが中国リーグ入りした時(http://d.hatena.ne.jp/palop/20050220)に書いた通り、サッカー観戦における自分の帰属意識先は変わらないと思うが、何となく嬉しいのも確か。それにしてもあれからたった4年でJ2まで駆け抜けるなんて想像もしなかった。国体向けに官製クラブを作ったものの直ぐに転ける県も多いなか、「国内プレミアリーグに贔屓クラブ、地元には足を運ぶクラブ、というイギリスやイタリア風味でいきたい」と思っていたのに、ほぼ同カテゴリーまで来ちゃったよ。
11/28放送の『百年旅行』は甲府の海野社長。広告収入を増やすアイディアと観客収入を増やすアイディアとチーム成績を上げるアイディアとチーム強化費を適正にするアイディアはそれぞれ別のもののような気もするが、名物社長が全てに優れていたような神話の形成は逆に少し怖い。
『Number』に掲載されていたイエモッツ物語はなかなか面白かった。厳格を越えてエキセントリックな態度は、敢えてするピッチ上のみ仕様というよりは本人の性格に由来するものだと思うのだが、却って本人自身には気付き難いことかもしれない。というか、この文章にはスーパーカップ以前に香港送りになったエピソードが抜けていた(はず)。あれは本人の中では島流しではなく、本当に研修と向こうへの指導だと解釈していたからショックも受けていなかったため、この物語では言及されていないのか。それはそれでびっくりだ。