パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

『Nスペ』「追跡 秋葉原通り魔事件」ほか

2008/6/20初回放送、50分、進行;鎌田靖(解説委員)、報告:杉本織江(NHK青森)/大河内直人(社会部)/足立義則(科学文化部)/田伏裕美(社会部)、出演:泉信也国家公安委員長)/本田由紀 他、
報道番組の延長線上という作りだったからなのか、報告に出た記者のほとんどが顔出ししていたのは良かった。テレビに映りたくもないだろう彼の同僚なんかに、ぶしつけな質問をする以上、質問する方も相応のリスクを負って欲しい。カメラの反対側から「匿名の世間の代表」として尋ねる形式だと、どうもすわりが悪い。
家族と最初から疎遠なのと、多感な時期に崩壊するのと、どっちが傷つくだろう。成績が良かった頃の自尊心があるのと、最初からないのと、どっちがプライドを傷つけるだろう。
彼が年金を収めていたかどうか気になった。「どうせ俺達の世代は貰えないし」「制度として欠陥だから、積立金は税金から出せ」みたいな風潮のなか、義務というよりは「貴方の納入が上の世代の年金の原資だよ」という社会の構成員としての善意みたくなっているので、悪い意味で無駄に生真面目な奴ほど納めるかどうか悩むだろう。年金が変な踏絵になっている。まあ大学を卒業してからストレートにNHK様や大新聞社様へ就職し、勝手に天引きされる厚生年金で優雅な余生を過ごせることが決定している人々には思いも寄らない事だろうし、それを非難する気もない。
余談だが、「ヒマ人」のイントネーションが気になった。

鋭い人はお気付きの通り、10月末で派遣社員を辞め、溜まりに溜まったTVドキュメンタリーをまとめて消化しているが、正直なところドキュメンタリー熱が全く沸いてこない。上の番組も6月中に見て、上の感想をちょろっと書いたまま放置していた。せっかくだから、半年間の派遣経験でも書いておきたい。

派遣先は結構でかい企業の支店扱いのところだったが、支店長が30代後半、その補佐クラスだと30代前半、なかには20代後半(切れ者らしい)もいた。その下で部下10人くらいのまとめ役は大体が20代。当たり前だけど、皆さんしっかりしている。自分のような人間が社会に文句を言いながらダラダラと過ごしたこの10年間を必死に働いていたのだから、人間力というか醸し出すオーラが違う。社内ルールに「ここは高校かよ」と言いたくなるようなスローガンとか服装チェックがあるし、「あんた高校時代に何も勉強してなかったやろ」と言いたくなるようなひどい文章の書類をこちらへ出してくる若い主任とかいたけど、部下の面倒見とか尻拭いとかすごくしっかりしている。企業の教育がガキを大人にするんだなあというのは感じた(その陰では社風についていけなくて早期に離職した奴も沢山いるのかもしれないが)。6月末に入社3カ月の新入社員による1分間スピーチみたいなのがあって事務所の中で聞くともなしに聞いたが、面白かった。大声で叫んでいる20歳前後の子達に向かって幹部が「お前は学生気分が抜けていない!」とか「ちょっと出来る気になっているかもしれないが、全然出来てないぞ!」とか「もっと自分をアピールしろ!」とか、こっちの社員観察評と似たようなアドバイスを個々に与えていて、お偉いさんはなんだかんだと部下達を見てやっているもんだと感心した。と同時に、こういう洗脳を受けるには30代は遅過ぎるのも明白。自分が大企業の人事部でも、変な癖のついた屁理屈おっさんなんか要らない。中小企業だと即戦力にならないおっさんを教育している余裕なんてないだろうし。ということで、人格改造も無理だし、社会人経験も足りない団塊ジュニアの再チャレンジなんて無理無理、という哀しい結論に至った。
この事件を特集したムックで、ミヤダイ先生の発言を読んだけど、中間団体が壊滅した今の日本で社会的包摂とか幻想。銭の問題はベーシックインカム等で国家が死なない程度に救う。承認の問題はネットが救う。サブカルの島宇宙化とか批判的にいうけど、島宇宙が狭くて軽い程に離脱も簡単で良いとも考えられる。2ちゃんのモ板で、名無しの3人くらいしかいない狭い話題のスレで「おー、それ知ってる(分かる)」みたいな雑談して笑って解散する。それだけでコテハンとか名乗らなくても、匿名の緩い共感と承認で大多数の人は満足出来るんじゃないか。

最近は反貧困とかロスジェネとか蟹工船とかが流行りで、自分もそれなりに共感するところはあるけれど、自分のような無職団塊ジュニアの気分をそれらのキーワードで括られると「それはごもっともだけど、俺の考えは違った」(C本田圭)と言いたくなる。以下に、事件とも派遣とも何の関係もない話が無駄に長々と続く。

最近、上野千鶴子・田中美由紀・前みち子著『ドイツの見えない壁〜女が問い直す統一』(1993年)という岩波新書を読んだ。

資本主義の能力中心主義、自由競争のなかでは、女は構造的に弱者になる仕組みがある。女がもともと弱者なのではない。子どもや老人などの弱者を抱え込むことによって、女は不可避的に弱者になる。それはいのちにかかわる労働、再生産労働のコストを市場化しない(そしてそのことによって維持されている)資本主義の構造的宿命である。
フェミニズムは西側の先進工業諸国、発達した資本主義社会で成立した。近代市場社会における女性抑圧を問う動きは、前近代の女性の隷属的な状況からの解放を求める動きとは、質的に違っている。法的・形式的な平等の背後で女性抑圧が隠蔽され、女性が構造的に弱者になっていく仕組み、それを問うのが西側のフェミニズムだった。自分はこのルールではこのゲームに勝てない。それは自分が悪いわけではなく、システムのせいだ。このゲームは間違っている――と思った女性たちがオルターナティブづくりにのりだしたのがフェミニズムだった。〈P.238〉

女性の社会進出がすすむにつれ、西のフェミニズムは二つの路線のあいだで引き裂かれてきた。それは資本主義社会のルールを受け入れ、その土俵のなかで勝者になっていくか、それとも資本主義のルールを拒みそのなかに非資本主義的なルールを持ち込んでいくか、の対立である。そしてこの二つの路線に決着がつかないまま、東の女性たちもまた、無防備に市場社会のなかに巻き込まれていった。〈P.243〉

資本主義のルールのもとでは女性は構造的に敗者になるほかないことは、東の女性の惨憺たる経験で(またしても!)立証されたからだ。「非資本主義的な」という選択肢のなかには、もはや社会主義は含まれない。それもまた女性に対して抑圧的なことが立証済みである。その意味で、フェミニズムとはまだ見ぬオルターナティブを求めて歩みつづける、気のながい理想主義なのだ。〈P.244〉

強者になる機会が与えられているのに強者になれなかった落ちこぼれ男には冷淡そうな上野先生だけど、本書で書かれているような、社会主義下で育ち、西ドイツに併合されて資本主義の嵐に巻き込まれた東ドイツ人の体験と、護送船団的資本主義下の70〜80年代に、戦後民主主義教育のリベラルな風潮で育ち、それなりに高等教育を受け、親世代の猛烈な企業社会に違和感を覚えていたところに、バブル崩壊新自由主義に巻き込まれ、資本主義体制下で敗者になった山のようにいる団塊ジュニア男の体験は比較され得るものなのではないか、と思いながら読んだ。

ついでにもう一冊、西村光子著『女たちの共同体〜七〇年代ウーマンリブを再読する』を引用しつつ紹介。著者は、1944年生まれ。直接ウーマンリブの活動には参加していないが、田中美津の『いのちの女たちへ』に触発されて友人と共同保育所をつくるなど、同世代として共感していた人。

心理学者キャロル・ギリガンは、「自律」した主体が形式的・抽象的な思考で〈何が正義にかなうか〉の答えを導き出せるという「正義の倫理」に沿うコールバーグの発達理論を男性中心主義とし、それと対比して、女性が〈他者のニーズにどのように応答すべきか〉という問いかけを何よりも重視し、その責任を文脈的な思考様式で果たそうとする「世話(ケア)の倫理」を明らかにしたことで有名である。ギリガンはさらに、この二つの倫理を「統合」することで、男も女も成熟に到達できるとの展望を打ち出している。〈P.173-174〉

ギリガンの「世話(ケア)の倫理」というのを全く知らなかったが、基本的に「正義の倫理」的発想をする自分には目から鱗だった。それからウーマンリブの体験談の中では、以下のようなのが興味深かった。「男性は権力/縦社会だけど、女性は横並び/平等社会だから平和」みたいなことを言う人もいるけど、実際はなかなか難しいみたい。

米津は、私のインタビューで、「美津さんはあらゆる意味で年上だったし、経験豊富だったし、言葉にするのは天才的だったから、やはりとても力があって、彼女に押されてしまう傾向がありました。……一番言葉に出すのがうまくって、ものすごく洞察力に優れていて戦略家だったので、彼女にいろんなことをゆだねてしまう。彼女が決めてこうしようと言ったことをやるとうまくいくので、他の人が今度は私の考えでいこうということが言えなくなってしまう。美津さんが何を言うか、美津さんの言葉とか指示を待つようになってしまって」と言っている。〈P.195-196〉

全てを横一列においた田中の「ミーハーぶり」は、感性の領域であった。今日はきりりとしたかっこうでデモの隊列に入るか、ミニスカートをはいて周りで飛び跳ねるか、それとも男とどこかで過ごすのか、感性に体系も秩序もない。田中を規範化しても同一化しようもなく、「不思議と間違わない」田中に、メンバーはさらに無力感に襲われる。〈P.200〉

そもそもは中絶問題の勉強としてこの本を読み始めたんだけど、自己決定とか自己責任とか今の労働問題にも参考になる話だと思う。

『自己決定とジェンダー』を著した江原由美子にも、リブが最も卑劣な敵の攻撃として暴いた「女の選択という形で胎児(産む産まない)を選ばせるという行為」ーー社会的な矛盾を女に負わせることに対する怒りが通底している。江原は、この怒りに思いをめぐらせるなかで「女性の自己決定権」を再考したんではないだろうか。リブが提起した「自己決定→自己責任」という論理が強化されるのではないかという問題以外に、「本人の意思」は操作可能なのではないか、「本人の意思」をどうしても表現できない人々のことをどう考えるのか、などの懸念について、ていねいに解き明かしている。〈P.174-175〉

それでは、リブで追求されることなく終わった重要な問題とは何だろうか。
それは、中絶や出産ということをめぐってなされる「行為主体の責任の所在」の認識とそれをめぐる議論のあり方における権力作用の問題である。それは、女と障害者の間だけでなく、女と男、あるいは医療の専門家集団との間に働く権力作用とそれを支える言説にも切りこんでいくことだった。リブは「生産性の論理」という言語を男社会のなかで権力装置として働く言説としてみごとに取り出したが、例えば「妊娠・出産は女の問題」という言説がどのように女を縛りあげてきたかは、明らかにできなかった。「産む・産まないは女が決める」というスローガンと「妊娠・出産は女の問題」という言説は違う文脈をもつものであったのに、それを明確にできなかったのである。〈P.189〉

最後の『「産む・産まないは女が決める」というスローガンと「妊娠・出産は女の問題」という言説は違う文脈をもつ』、どう違うかが一番の関心だったのに、そこを明確に出来なかったというのでずっこけた。ずっこけたついでにこんなネタも考えた。

ある養育費不払い訴訟…胎児の父親が「中絶して欲しい」と進言しても産む権利が母親にある、或いは胎児の父親が「産んで欲しい」と進言しても中絶する権利が母親にある現行の法制度を解釈すれば、生まれた子供の扶養義務が母親にあるのは明らかです。また、私が原告と結婚したとき、原告の夫になる契約はしましたが、原告の子供の父になる契約はしていません。原告の子供に充分な生活費がないというのであれば、扶養者である原告が役所に行って生活保護を申請し、必要な金額を受け取るべきです。もし支給されなかったとすれば、それは行政の怠慢、不作為であり、扶養者ではない私に皺寄せが来るいわれはありません。原告から「私が自分の給料を総取りして贅沢な生活をしている」との指摘がありましたが、私は法的に認められた職業人としての生活を全うし、法的に請求された税金も収めております。もし、母子家庭の養育費が足りないというのであれば、小金を持っている30歳代独身男性から必要な金額まで取れるように税制を変えれば良いことです。私は全ての選挙に投票していますし、立法府の決定には喜んで従います。親の資産によって将来の機会が保障されない現在の家族制度よりも、全ての国民から必要な予算を万遍なく徴収し、それを生活に恵まれない子供にも還元される。子供を社会で育てるとはそういうことではないでしょうか。

我ながらポルポト的思考で、深層心理に家族とか中間団体への憎しみでもあるのかと思ってしまうが、あくまで例え話で、本人はもう少し保守的だ。それはともかく、女性が社会のルールを変える、それが資本主義的なルールを変えるであっても、家父長制的なルールを変えるであっても、落ちこぼれた団塊ジュニア男というのはなかなかに使える原資だと思うのだが、何故か取り上げられるのは外山恒一氏とか赤木智弘氏とか本田透氏とか。これまた「それはごもっともだけど、俺の考えは違った」(C本田圭)という感じ。

プラハの春」の標語は“人間の顔をした社会主義”だが、逆に新自由主義時代から振り返ってよく言われる日本の護送船団的70〜80年代は、いわば“人間の顔をした資本主義”だったわけで、自由(資本主義)を修正しても平等(社会主義)を修正しても同じようなところにたどり着くような気がする。そこで必要なのは“博愛”を社会の中でシステム化すること。落ちこぼれ団塊ジュニア男とフェミニズムによる虹の連合が、それを生み出すのではないかという根拠のない直感が働いてはいるのだが、どう具体化するのかはノープラン。

女(リブ)たちの共同体(コレクティブ)―七〇年代ウーマンリブを再読する

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