パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

セレモニーヲタのEURO2008チェック

本題に入る前に、NBAファイナル2008。ボストンとロスアンジェルス開催で、NHKが放送を開始する前に国歌は終わっているのが通例。捕獲出来たのは第1戦のジェームズ・テーラーと第5戦のアシャンティ。ボストンでスポーツイベントがある度に出てくるテーラーは飽きた。アシャンティはニューアルバムのプロモも兼ねてだろうか。
それともう一つ。MLBオールスター2008は、カナダ国歌が歌手無しの伴奏だけ。清々しいほどの開き直り。米国国歌はシェリル・クロウ。現場の盛り上がりは分からないが、マイクがうまく拾わなかったので彼女のボソボソ歌唱はTV的にはあまり面白くなかった。確か7回表前にビレッジピープルがYMCAをしに出てきたが浮いていた。確か7回裏前にはジュシュ・グローバンがゴッドブレスアメリカ。ジュシュにも飽き飽きだ。

ユーロは、まともに見た試合がチェコの3試合とロシア×スペインとドイツ×スペインの5試合だけという体たらくなので、余談について書くことにする。
今大会はとてもヨーロッパっぽかった。EUROなんだから当たり前なんだけど、自他ともに認める欧州かぶれの自分が楽しめるという意味で、とても好ましい空気感が映像に映っていた。場所が中欧で、決勝進出国がスペインとドイツというEU内の大国。フアンカルロスとメルケルも出席。大会期間中にアイルランドで欧州憲法が否決されたタイミングで、あのスペイン人が国家代表を応援しているのは、きっと偶然ではない。欧州人に新しいアイデンティティが生まれている。メルケルバラック、2人の東ドイツ人は何を話していたのだろう。バラックの次の世代は、ドイツ東西に分かれていたことさえ記憶していない真の統一ドイツ世代。
1996年に始まったジダンフィーゴに代表される時代は2006年WCで一区切りついたというのが定説。決勝の舞台はベルリンで、カードはイタリア対フランスだったのに、なんていうか欧州好きの自分が全くときめかなかった。フランス代表の凋落は2002年のワールドカップ前に行われた大統領選でルペンが決戦投票に残った辺りから始まったと思っている。あの時、ジダンの寂しそうな顔。フランス代表の試合にシラクとジョスパンが揃って会場にいるのを見る度に「サッカーに興味なんかないくせに」と心の中でつぶやいていたが、メルケルやフアンカルロスからは何故かそれを感じない。
新しい時代に、新しいスター。新しい欧州。仮に決勝のカードがトルコとロシアだったら、つまり非EU加盟国というか辺境対決であったならば、これほど欧州の薫りを感じただろうか。歴史の偶然とは恐ろしい。
それにしても、ロドリゲス・サパテーロは4年以上首相をしているのに、あの小物感は逆にすごい。
レーブのファッションセンスに既視感があったのだが、誰か分かった。小野剛だ。

2年近く放置していたペトル・クラール『プラハ』を読了。“魅力、機知そしてリベラリズムという「第一共和国」的な組み合わせ”という表現こそ、自分が感じるチェコそのもの。遠い国の過去の話だからこそ、勝手に理想を膨らませる事が出来る。それが自分にとってのチェコでありユーロ。