パロップのブログ

TVドキュメンタリーの記録は終了しました

BS-hi『ハイビジョンスペシャル』「知られざるロシア・アバンギャルドの遺産〜スターリン弾圧を生き延びた名画」

2003/11/17初回放送、110分、取材:田中陽/吉川真樹子、構成:本多さつき、プロデューサー:彦由真希、制作統括:橋本裕次/宮下弘、共同制作:オフィスボウ
粗筋:1920年代にロシア・アバンギャルドが流行る→20年代後半よりアバンギャルドが弾圧され始める→1927年にモスクワに居たミハイル・クルジン(1888-1957年、シベリア生まれ)がタシケントへ移住、元からウズベクに居たアレクサンドル・ヴォルコフ(1886-1957年、ペテルブルクで学ぶ)と競ってアヴァンギャルドが流行る→1936年以降アヴァンギャルド派は完全に粛清される(クルジンは強制収容所送り〜1953年解放)→1953年のスターリン死去で弛む→50年代にイゴール・サヴィツキー(1915-1984年)、遺跡調査でカラカルパクスタン自治共和国(首都ヌクス)を訪れ、民俗文化関係にはまりつつアヴァンギャルド関係の絵画も集め始める→1966年にサヴィツキー記念国立カラカルパクスタン美術館設立→こっそり集める70〜80年代→ソ連崩壊で西側へ情報流失し、ヨーロッパ美術界にもカラカルパクスタン美術館コレクションが注目を集めるようになる
インタビューに答えた人:亀山郁夫東京外国語大学教授)、アレクサンドラ・シャツキフ(モスクワ芸術大学教授)、マリニカ・ババナザロワ(カラカルパクスタン美術館館長)、ナターリア・グラスコワ(タンシクバエフ元秘書)、ルボフィ・トルスコワ(元ソビエト文化省美術管理局職員)、ヴァレリー・ヴォルコフ(アレクサンドル・ヴォルコフの息子、75歳)
出てきた(主な)絵画:クルジン「コンポジション」、「ドンキホーテ市場へ行く」、「資本家」、「古きものと新しきもの」、ルイセンコ「雄牛」、ボリス・スミルノフ=ルセツキー(またはスミノフ=ルーセツキ)「黒いシルエット」など
私はロシアヲタ&亀山郁夫信者だから、ただただ有り難く拝見しただけだが、実際には上記の粗筋のようには時系列通りに話が進まず、正直分かりにくい。まず構成面で、美術館に展示されている絵画そのものを取り上げる(『日曜美術館』でやりそう)のか、亀山先生のスターリン時代芸術を追う旅をクローズアップする(『我が心の旅』でやりそう)のか、サヴィツキー中心の歴史秘話発見ものにする(『BSプライムタイム』でやりそう)のか、はっきりしない。バランス良く目配りしてあるのかもしれないが、ブツと人と時の並べ方が複雑で難しい。内容面でも、サヴィツキーの買い付け、60〜80年代に国立美術館に展示されていた絵画が、アヴァンギャルドだけなのか、それも含めた様々なのか、どうも調べ切れていないのではなく、ワザとぼかしているような気がする。また放送を観た限り、純粋に考古学の調査関係でヌクスを訪れたらしいサヴィツキーが、その後政府の援助を得てトントン拍子に国立美術館を建てる事が出来たのには、裏の理由がありそう。当時のソ連に職業の流動性なんかがあったのかとかも疑問だし、サヴィツキーは(出世の上で不利であろう)貴族階級出身だったともいうし。これらが単にドキュメンタリー上で重要ではないからスルーなのか、ダークな話題だから曖昧なのか(別に「サヴィツキーは本当は悪い奴じゃないの?」というつもりではない)。
番宣のイメージだと、失われた伝説の絵画群が最近奇跡的に発見されたような扱いだが、実際にはずっと普通に国立美術館で展示されていたわけで、中央美術界の主流から外れて忘れ去られていたロシア・アヴァンギャルドの一群が、西側美術界に「再発見」されただけのようだ。
その他検索して得た豆知識:ウズベクにある遺跡は古代ホレズム王国のものらしい、タシケントには日本人墓地がある(多分シベリア抑留)、今月出たばかりの→亀山郁夫著「熱狂とユーフォリアスターリン学のための序章」(平凡社)を読めば、いくつかの謎は解けそうな気がする。
(追記)もやもや感の理由:わざわざ沢山の予算をかけてドキュメンタリーの撮るために必要なウリ(「世紀の新発見」とか「壮絶な人生」とか)が弱いから、周辺情報を制限する事で希少価値があるように思わせようとしている疑いがあるから。
(2004/1/11追記)「熱狂とユーフォリア」のあとがきに番組制作の経緯が書いてある。彦由プロデューサーが亀山著「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書)を読んでヌクスの事を知り、何年もかけて取材計画を練ったようだ。手元の「ロシア・アヴァンギャルド」を引っ張り出してみたが、該当箇所はほんの数ページ。ここから何かを感じるのだからプロ制作者のアンテナは凄い。