パロップのブログ

主にTVドキュメンタリーを記録します

サカヲタの娘。7・31

(1)一般的なサッカーヲタ
サカヲタの世界では、何があろうと一つのクラブをずっと応援する=真のサポーター、好きな個人を追っかけ=ミーハー、という定義がほぼ成り立っている。俊輔を追っかけてマリノスサポからレッジーナサポになる奴なんて典型的な「にわかのミーハー」とされる。「変化し続けるクラブチーム=娘。」と定義するならば、誰かが抜けたり、異動したりするのが嫌な連中はモーヲタでなく、勝手に脱落しろ、ということになる。
しかし、クラブに魂を捧げたヲタでも、いや魂を捧げたからこそなのか、クラブ生え抜きの一個人選手をクラブのシンボルとして崇め奉ることもある。ドルトムントのツォルクやミランバレージ、最近ならラコルニャのフラン、ローマのトッティ、生え抜きでなくても象徴と成り得たマンチェのカントナなど。そのシンボルが引退する時、ヲタは、サッカー選手ならばいつか引退する事が当たり前だと頭で分かっていても、そしてシンボルが引退してもクラブは続き、いずれ新しいシンボルが誕生する可能性があることが分かっていても、シンボルのラストマッチには「辞めないで」とか「永遠のヒーロー」といった垂れ幕が掲げて感謝することになる。そう考えると「なっちのいない娘。は娘。ではない」といったヲタの考えを一笑に伏すわけにはいかない。
「個人ではなくクラブを応援する」のが本筋だとしても、上記のようなシンボルには、時にクラブを越える価値が付与され、移籍に際しては猛反対が起きることがある。フィオレンティーナは90年代にバッジョ、バティという「おらが選手」をビッグクラブに奪われる経験を持つが、どちらの場合も、移籍の話が持ち上がるシーズンオフごとに、ヲタによるものすごい反対運動が展開されたお陰で、確か数年移籍が遅れたはずである。ラツィオシニョーリは一番旬の時期ビッグクラブからの誘い(当時ラツィオはイタリアで準A級、ヨーロッパではB級クラスだったはず)があったが、ものすごい反対運動の前にラツィオへ残留することになった。ヲタは満足だったろうが、シニョーリはワンランク上の選手になる機会を逃し、結局数年後には監督との対立などから、タイミングを逸した形でボローニャ都落ちすることになった。おそらくローマから出ていけないし、行きたくもないトッティもそうなるだろう。勝ちの手柄も負けの責任も全て背負うのがシンボルならば、ものすごいプレッシャーをはねのける精神力を手にするだろうが、勝ちはトッティの手柄、負けはモンテッラやナカータの責任という甘やかしがティフォージの中にあるようならば、「ローマの王子」というそこまでの選手でしかなくなるかもしれない。ボスマン判決以後、金持ちクラブと貧乏クラブの差が拡がり、選手がステップアップしていくことにサポーターも抵抗しなくなる流れの昨今だが、ヲタの熱狂が選手の成長を妨げる例があることも覚えておきたい。ならば「ラブマは後藤のお陰&人気低迷は豚なっちのせい」や「なっちは天使&5期メン氏ね」といった意見の多様性が保たれる事は、正しいかはさておいて、健全かつ必要なことかもしれない。
(2)個人的なこと
私は一応海外サッカーヲタのつもりだが、言葉もよく分からない国のサポーターとしてユニを着たり、クラブ応援歌を歌ったりする程の情熱を持っているわけではなく、欧州クラブのどこかに入れ込んだりはしていない。しかし「あるシーズンのみ記憶に残るクラブ」というのはある。95-96年シーズンにかけて怪進撃を続けたアトレチコ・マドリードの当時のメンバーは今でもそらで言える。アトレチコの会長はヘスス・ヒルといい、大手ゼネコンのボスとして、欠陥住宅を建てた(崩壊で数十人死亡)罪でムショ、脱税でムショ、市長(政治家でもある)をしていた町の公金横領でムショとかなりユニークな人物で、成績の悪い監督のクビはすげ替える(10年で20数人)などワンマンっぷりで知られていた。しかし横領した金でジュニーニョを買ったり、憎めない処もあったのだろう、逮捕時は選手達が「政治的陰謀だ」と声明を出してくれたりしていた。彼の持つ、対象物に対するビジネスとしての熱意と、それに矛盾するかのような奇妙な愛情は、ある意味山崎会長に似ている(脱税するところまで)。当時の監督はアンティチというユーゴスラビア人で、無名ゆえに実績とはったりでスペインのクラブを渡り歩く典型的な雇われ外国人という風情だった(つんくっぽいと云えないこともない)。そんなライト・スタッフで固められた(ように私の眼に映った)チームも、まず監督と対立して1人干され、給料で揉めて1人売られ、数年もすると全く別のチームになってしまった。真のアトレティ(アトレチコのサポーター)ならば、誰がピッチに立っていようと応援すべきことに変わりはないだろうが、私のようなにわかには、今のアトレチコを応援する熱意はない。華やかな栄光を彩った日々の固定メンバーに対する思い入れが強いばかりに、そしてクラブそのものへの愛情がないばかりに、新たに育っている価値あるものを見逃してしまっているかもしれない。
私は、一応サンフレッチェ広島サポーターのつもりだが、岡山から広島は遠いと自分に言い訳しつつ、合計しても10試合以下しかスタジアムで観ていないので、なんちゃってサポーターかもしれない。それはいいとして、広島は97年オフに主力選手を放出した。日本のクラブは大体が親会社の補填を受けないとやっていけない状態だった(多分今でもそうな所が多いはず)。赤字の理由には客が入らないのと、選手の給料が高すぎるのもあったわけで、会社組織として代表クラスの主力選手を高額で他のクラブに売るのは、当然といえば当然だった。しかし、会社が選手に「減俸か移籍か」の選択をさせず、始めから「移籍金を得るため放出するから」という姿勢だったことや、サポーターへの対応を誤ったことから「選手が可哀想」「社長は最悪」の大合唱となった。情報も錯綜した。マリノスに売られた路木なんかは当時の雑誌インタビューで「金なんかどうでも良いから広島に残りたかった」と泣いた話が載っていたが、今ファンサイトを検索すると路木は「いくら活躍しても給料あがらない、評価しないクラブに不信感を持った」という記述がある。「金のためにクラブを移籍するのは不誠実」とみるか、「正当な活躍に正当な報酬を払わないなら、金以外の部分でも信頼関係がなくなるのは当然」とみるかは、ヲタ個人の感覚で異なるのは当然だ。ここでもう一つのファクターが関係する。サンフレヲタは皆、頭の中に94年の優勝がある。その後のチームは全て、当時の栄光と比較される運命にある、もう一度優勝するまでは。そして97年当時は特に成績が下降気味の時だった。そして放出されたメンバーは優勝に貢献した選手ばかりである。経営方針の問題、サポーターとの対応の問題、と見られがちな出来事の側面に「低迷しているこの時期に何か変化が必要なのは分かっているが、それが功労者のクビ切りかよ!」という想いがあったのは明らかだった。誰もが事務所の陰謀を語り、選手の気持ちを代弁したつもりになっていたが、真実は闇の中。
余談だが、当時売って一番金になったのは恐らく柳本で、本人もガラガラのビッグアーチより熱狂の浦和でやりたがっていたが、移籍金をふっかけすぎて破談になった。日本代表に定着するために右サイドでのプレーを望んでいたにもかかわらず、チーム事情で真ん中スイーパーをやらされ、チームの調子が悪くなるとともに自身も怪我をし、代表落ちをした頃になって右サイドに戻されたものの今いちで、移籍騒動でチームでの居場所もなくなり、選手としての旬も、商品価値も下がった頃にガンバ大阪へ軽く売られてしまった彼と、今まさに「出るも地獄残るも地獄」を味わっている矢口が重なって仕方ない。複数のポジションをこなせると、頼られすぎて、ろくなことにならないところも一緒。
(3)終わりに
上記の文章は、「娘。は変化し続けるものだから、モーヲタは黙ってそれを享受しろ」或いは「娘。の気持ちを無視して企業の論理を押しつける山崎とつんく氏ね」という意見が渦巻く現代で、どれが正しいというのではなく、サカヲタの方面から一つの消化パターンを脈絡なく書き出したものである。
これを強引にまとめると、サカヲタは、今回のような出来事に遭遇した時「旧体制を思う存分懐かしみ、最大限の感謝で送り出す」→「新人には懐疑的で、ちょっとした凡ミスでも罵倒する」→「ある時期から、素晴らしいプレーをした新人には、仕方なくでも拍手を送る」→「いつの間にか新人が前任者と同じくらい上手くプレーしていることを認めざるを得なくなる」→「前任者と後継者を比べるような愚行をしなくなるが、たまに新参に向かって『○○がいた頃は凄かったんだから』と、伝説を大げさに話したりする時もある」という流れで消化していると思う。もちろん、この間「会社(クラブのオーナー)は悪者」で一貫しているのは当然。親玉は憎しみを一身に受けながら儲けるのが仕事だ(選手に矛先が向くような自己保身はいただけない)。
「時が解決してくれる」というのは、半分本当で、半分嘘だろう。広島サポーターが、高木を忘れないまでも記憶の1ページにする事が出来たのは、久保の爆発があればこそだ。森保は京都への1年間のレンタルから戻った後、数年間はチームの象徴と半レギュラー選手の間で揺れた。仙台に円満移籍出来たのは、森崎ツインズが中盤に君臨することで、会社(経営)・チーム(戦力)・サポ(支持)の見解が一致した今年の事だ。
「将来優れたパフォーマンスを目撃することが出来れば、過去を美しい神話として持ち上げることが出来る」というのが、この文章の結論である。それが見られるまでは、思う存分愚痴をこぼし、低パフォーマンスを罵倒しながら、じっと見守るのもモーヲタの一つの生き方であると思いたい。
(8/31追記)レアルやミランのようなビッグクラブは、チャンピオンズ・リーグに出場するのを当然とし、週2試合分の選手を雇う代わりに、チャンピオンズリーグによる出場給・勝利給を受け取ることを当てにしている。万が一1次リーグ敗退するようなことになると12〜1月に開ける移籍市場で余剰(試合数も減って必要ない、且つ収入減って給与も払えない)選手を売り払う羽目になる。中堅クラブが思わぬ快進撃でチャンピオンズリーグ出場によって大金を手にすると、身の丈に合わない有名選手を連れてくることになるし、名門クラブが2部落ちすれば、泣く泣く中心選手を放出することになる。
1999年、2000年は儲かったから次の年に4人追加、2001年はCDの売り上げ落ちてきたから次の年に2人削減(そのかわり何人雇っても給与に大して違いはないキッズを大量に採用して、新規事業立ち上げ)。そういうことだと思う。ただ、五期メンバーが追加された時は分からなかった。今回の2名脱退で謎が解けた。
一時期の栄華に酔って大盤振る舞いをすると、フィオレンティーナのように4部から再出発する羽目になる。UFAがジャニーズや宝塚のような千年王国を築こうとしているのか、今のうちに荒稼ぎしてタレントを捨てた後は、マターリと以前のようなフォーク系営業をするのかはよく分からない。宝塚のように劇場買い取って毎日ハロプロ営業すれば面白いのに、と思っていたが、飽きっぽい子供相手の商売にシフトしたし、劇場買い取りはジャニーズに先を越されたし、千年王国を築くわけではないのだろう。
ということは、娘。もメンバーチェンジを繰り返して生き残るのではなく、見限る時期が来たら、解散コンサートを行って最後の一儲けを企画するのだろう。しかし以前書いたように、個人的には、世間から鼻で笑われる存在に拍車がかかり、デパートの屋上で営業をするようになっても続けて欲しい。娘。の初任給は月給7万円で、『ラブマ』頃、儲けに追いつかなかったからボーナス上積みで調整したなんて話があったが、事務所が「最近、売り上げがないから、娘。を半分にする。ソロになりたい奴、事務所移籍した奴は悪いようにはしない。娘。に残った奴は、以前のように月給7万円&売り上げに応じて歩合給にする」とメンバーに持ちかけた処、なっちが「私はマザーシップだから残る」なんて言った日には、「なっち、漢前!」と絶賛されたりして、ディリービオのように。